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週末に遠くの山に行きたい。都心から引っ越そう!


高尾は都心から約1時間、登山のツウにも初心者にも人気の高尾山の麓の町だ。池田さんにとってこの町は、生まれ育った地元でも学生時代の思い出がある町でもなんでもない。なぜココかということを紐解くと、ビールのほかにもうひとつ池田さんの好きなことが見えてくる。山だ。
「最初は妻の趣味だったんですが、僕もドボンとはまってしまって、週末は夫婦で山に登るようになりました。そうしていたら、都心の自宅から週末に行ける山には登りつくしちゃったんですよ。
『登る山がない。もっといろんな山に行くためには、どこに住んだらいいだろう』と話していたら、『そういえば、山に行くとき高尾ってよく通るね』と妻が言いまして。高尾に住んでそこを起点にすれば、週末で行ける範囲が広がって登れる山が増える、という大発見をしちゃったんですよ」。
その“発見”当時、池田さんはデザイン会社でWEBディレクターとして働いていた。その職業の御多分に洩れず、多忙だった。
「自転車通勤でしたから電車の心配もなく、0時を過ぎてから、今日もそろそろ帰るかな…… というのが日常。文字通り朝から晩まで仕事漬けでしたね」。
とはいえ、学生時代からエンジニアとして携わってきたWEB制作の仕事は好きだった。高尾に引っ越すことを考えたときも、仕事を辞めるつもりはなかった。そこで、高尾移住案を検討するにあたってリサーチしたのが、通勤が可能かどうか。電車の本数、混雑状況、所要時間、終電……。
そして「通勤可能」という結論が導き出され、「週末に遠くの山に行きたいから」という理由で高尾への引っ越しが実行されたのが5、6年前のことだった。
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登りに行く山は増えた。でも山を降りると……


高尾に住んでみると、考えていたとおり週末の山ライフは充実した。これまでとは違う電車通勤も、本を読む時間にしたり、全席指定のホームライナーを使ってラクをしたりしながら、無理なく続けることができた。
「引っ越して良かったと思いましたね。でも、だんだんと、それまで暮らしていた都心との環境の違いが見えてきて。山から降りて帰って来ても、高尾にはおいしいビールとおいしい料理を楽しむ場所がなかったんです。
観光客向けの蕎麦屋や学生向けのチェーン店ばっかり。都心まで通勤できるほどの交通の利便性があるので、山から降りてきた人が麓の町にとどまらず、帰ってしまうんですね。そのことに気付いて愕然としました」。
山は近くなったのに、うまいビールを飲む場所がないなんて……。池田さんがそう嘆くには、理由があった。

それまでに、アメリカ各地のロングトレイルにも挑戦するほど山にハマっていた池田さんには、アメリカの登山口でのあるカルチャー体験があったのだ。
トレイルの登山口には必ずおいしい地元のブルワリーがあり、そこのタップルーム(※醸造所直営のビアバーで、そこで作っているビールを提供する場所)では登山に来た人、地元の人がクラフトビールを片手におしゃべりして情報交換をする、そんなカルチャーがあるんだそうだ。その風景が記憶に刻み込まれていた。
「都心から1時間弱で来れて自然が豊かな高尾山には、1年を通して多くの人が訪れます。その麓の町である高尾は、そういうふうに人が集う場を作るのに打ってつけです。だから、遠からず誰かがこの町でビールをやるだろうな、と思っていました。当時、日本でもクラフトビールが流行り始めた頃だったし、この町にもきっと来るだろうな、と」。
しかし、誰かが始めそうな気配はまるでないまま、池田さんが高尾に引っ越して1年以上が過ぎた。
 
>後編に続く
 
池田周平(いけだしゅうへい)●1980年北海道札幌市生まれ。大学時代からエンジニアとしてWEB制作に携わり始める。卒業後はデザイン会社や広告会社にて働く。2017年に、働きながら、ポートランド州立大学(アメリカ オレゴン州 ポートランド)ビジネス オブ クラフトブリューイング科を修了。続いて、ホイポロイ ブルワリー(アメリカ カリフォルニア州 バークレー)醸造プログラム修了し、同年中に高尾ビール株式会社を設立。自社商品の開発・ブランディング・販売を自ら手掛ける傍ら、国内ビールメーカーのクラフトビール商品のブランド戦略やプロモーション企画なども手掛けている。2019年9月に高尾駅前にタップルーム「ランタン」をオープン。www.takaobeer.com
「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る
川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真

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