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Uber Eatsは「トレーニング」の一環

Uber Eatsは空き時間を利用して自由に働くことができる。その手軽さが夢半ばの芸人や役者などにも人気の理由だが、三宅には、自転車を漕ぐことで有酸素運動ができるという大きなメリットもあった。
「これはどのアスリートにもいえると思いますが、コロナ禍においての最大のミッションは、筋力や体力を低下させないこと。通常練習に戻ったとき、もしも息が切れてしまったら、それこそ自信をなくしますから。なので、体力維持のためにも有酸素運動ができるUber Eatsでのアルバイトは好都合なんです」。
Uber Eatsは、配達員のGPS情報を元に業務が発注される。配達員のスタイルはタクシー運転手と同様、大きく分けてふたつ。注文が入りやすい人気スポットで待機するか、“流し”で発注に引っかかるのを待つか、である。三宅はトレーニングも兼ねた配達なので、もっぱら“流し派”だ。
体幹を意識しながら、腹筋を使って自転車を漕ぐ。短時間の移動もすべて糧にしようというストイックさがそこにある。先が見えない不安に押し潰される前に、何かできることはないかと動き出す。目標実現のために選んだ配達員生活は、三宅にとってはごく自然な選択であった。
突如ペダルを踏み始めた三宅に周囲は驚いていたようだが、肉親はそうではなかった。
「フェンシングは僕が好きで始めたことですから、家族は今回の決断について何も言いません。でも、唯一父から、『危ないから、自転車に乗るときはヘルメットを被りなさい』とヘルメットをプレゼントされました」。
夢や目標に向けて、プラスになることはすべてやる。そんな三宅の姿勢を、家族も暖かく見守っている。ちなみに、配達で使用しているロードバイクも父のお下がりだ。家族の想いも背負い、今日も三宅はペダルを回す。
 

Uber Eatsを通して見えた新たな景色と決意

銀メダルを獲得した当時、三宅は21歳。年齢よりも随分と大人びた雰囲気をまとっている。©️三宅正博
競技生活を続けるための働く先として選んだUber Eatsだったが、配達員ならではの気付きもあったという。
「自転車に乗ってまず気付いたのは、地名って本当に地形を表してるんだな、ということです。谷とか山とか坂とか。例えば渋谷は谷に降りるので楽だし、赤坂とかになると坂ばかりでやっぱり辛いです。配達先を見て『うわっ』と慄くときもありますが、『トレーニングになるぞ!』と自分を奮い立たせます」。
これまで何気なく過ごしていた都内の地形に随分と詳しくなった三宅。新たな発見と試練を楽しめるその性格は、そのままアスリートとしての強みでもあるに違いない。
「届け先の部屋番号が入力されていないとか、アプリの地図に示される目的地が実際とズレているとか、割と困ることばかりです。あとは日焼けとの闘いですね。日焼けって体力が尋常じゃなく奪われるんですよ。フェンシングは室内競技なので、今人生でいちばん太陽を浴びていると思います。僕、本当はもっと色白なんですよ(笑)」。
確かにテレビで見ていたよりも野性味がプラスされている気がする。
「もちろん、自転車以外のトレーニングもしています。一般的な体幹トレーニングに加え、オンラインでナショナルチームのメンバーと集まって、負荷の高いサーキットトレーニングも定期的に行っています。フェンシング競技の練習は相手がいないとできないので、早く対面でやりたいんですが、なかなか厳しいのが現状です」。
緊急事態宣言の解除を受け、三宅たちが利用する屋内競技の練習場、味の素ナショナルトレーニングセンターも営業を再開した。しかし、今はまだ個人利用のみで、団体利用はできない状況が続いている(5月末時点)。
コロナ禍の第二波、第三波を考えれば、今すぐ通常練習に戻れるわけがない。どの選手もそう覚悟しているそうだ。それでも諦めず、来たる日のためにできることはすべてやり切りたいと三宅は話す。
彼の目標は、「まずはUber Eatsを卒業すること」。あくまでUber Eatsは夢への第一歩。配達員としての生活は、ステップアップのための通過点に過ぎない。当然、その両眼は次のビジョンも鮮明に捉えている。
後編に続く。
 
七瀬あい=取材・文


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