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2020.03.14

時計

腕時計と男の物語。そこにはヴィンテージテイストのモンブランがあった


「腕時計と男の物語」

僕らにはそれぞれまだ見ぬ違う風景が見えている

週末の朝、起きたときには既に彼女の姿はなかった。テーブルの上には簡単な朝食の支度とこんなメモが置いてあった。
モンブラン 1858 ジオスフェール リミテッドエディション 1858
「モンブラン 1858 ジオスフェール リミテッドエディション 1858」71万円/モンブラン 0120-39-4810
「山ニ居リマス」。そのとぼけた感じが彼女らしいと思った。それまで僕らのアウトドアレジャーといえば、里山キャンプ程度だったが、あるとき、彼女は7大陸最高峰登頂の日本人最年少記録を樹立した女子大生のことを知り、すっかり刺激を受けたようだ。以来、海好きの僕を置いてけぼりにして、職場の山ガールと出かけるようになったのだ。
淹れたばかりの熱いコーヒーを飲みながら僕がぼんやり思い浮かべたのは、日本の女性アルピニストのパイオニアであり、女性として世界で初めてエベレストと7大陸最高峰の登頂を成功した田部井淳子さんとご主人の政伸さんのことだった。山登りを通じて知り合ったふたりだからこそ、その魅力と厳しさを知り、互いをサポートし合う。いつも一緒に、ではなく、それぞれやりたいことを尊重し応援すればいい。そんな夫婦のあり方に憧れてしまう。
いつだったか、田部井夫妻の話を彼女にしたことがある。するといつになく神妙に「じゃあ、私も世界を目指さなくっちゃ」と目を輝かせていたっけ。そしてすすめてくれた腕時計が今僕が手にしている「モンブラン 1858 ジオスフェール リミテッドエディション 1858」だ。
ダイヤルの上下に北半球と南半球を象ったドームを備え、世界中の時間帯と昼夜がひと目でわかる。しかもその地図には7大大陸最高峰が赤くマーキングされているのだ。
「それさえあれば、私が世界遠征中、今どこで山頂を目指しているか。どんなに心細い闇の夜を過ごし、昇る朝日に勇気づけられているか、感じられるでしょ」と彼女。
「でもなぁ。さすがに奥多摩辺りじゃわからないよ」と僕は笑う。でもいつかこの時計のブロンズケースが使い込んだエイジングの味わいを漂わせる頃、彼女は“てっぺん”を目指しているかもしれない。まだ見ていないものを見るために。そのときブロンズはゴールドにも負けない輝きを放つだろう。
さて、と。今日は彼女のためにシチューでも煮込もう。ただ夕食の準備にはまだ早い。それなら、撮り溜めた波乗りのビデオでも見るとするか。いつの日かキャンピングカーで世界をサーフトリップすることが僕の夢だ。傍らにはきっとトレイルロードへの準備を整えた彼女がいるはずだ。


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