OCEANS

SHARE

珍しい話に活きる話芸の力

柳家三三の持ちネタは多いが、筆者が好きなのは「橋場の雪」や「田能久」「松山鏡」のような、あまり口演数が多くない珍しい噺だ。
口跡がよくて、聞き取りやすい三三は、聞きなれない噺でも筋立てがよくわかる。不思議なストーリーでも抵抗感なく耳に入ってくる。「立て板に水」の能弁があるから、細かな筋書きも過不足なく説明できる。それがまた心地良い。
「橋場の雪」は見るからに艶っぽい話だ。主人公は色男の代名詞のような「徳三郎」、相手は落語界屈指の美女「喜瀬川花魁」。この2人が主人公かと思いきや、雪の夜に第三の女が現れて、怪しい出会いをしそうな予感。これは意味深な展開だとドキドキしながら聞いていると、最後は拍子抜けする落ちになる。
三三のこの噺では、深々と雪が降る夜の渡し場の風景が浮かび上がってくる。喜瀬川と謎の女の両方に想いを残した徳三郎の心の揺らめきが、聞き手の心に伝わってくる。人間臭い物語が雪の夜の情景の中にぽっと浮かんでくるのだ。
「世間一般では、やり手が少ないよとか地味だよとかいう噺でも、それを俺の力で聞かせてやるぜとかではないですよ。落語はみんな面白いと思うからやってるだけなんですよね」。
(編集部撮影)
「田能久」「松山鏡」は田舎者の噺だ。以前にも触れたが、落語の田舎者は、どこの地方でもない架空の田舎の言葉を使う。三三の田舎者は、田舎なまりであるにもかかわらずわかりやすいのだ。どちらも昔話のような素朴な味わいがあるが、三三はその味わいを残しつつ小品ながら聞きごたえのある落語に仕上げている。
噺の導入部、いわゆる枕でも、三三は独特だ。
最近の若手実力派の落語家は、枕に工夫を凝らす。時事ネタの話題を振ったり、自分の趣味へのこだわりを語ったりするものだが、三三の枕は短い。そしてオーソドックスだ。しかし油断ならない。
「なんたって、私たちはお客様という“生もの”が相手ですから。今日なんか客席を見渡すと“干物”みたいな方もいらっしゃるみたいですが」。
端正な語り口で、この手のドキッとするような言葉を1つ2つ入れて、客席との距離感をぐっと縮めるのだ。こうした枕の「切れ味のよさ」も三三の魅力だろう。
「枕で客席を沸かせる落語家さんは多いですが、面白い枕を振るのは僕は無理。長い枕をしゃべってるとボロが出るから、短くやっています(笑)」。


5/5

次の記事を読み込んでいます。