1936年ベルリン大会から聖火をオリンピアで採火し、リレーするようになった。このときは陸路でたいまつによってベルリンまで運んだという。
第2次大戦後、最初の大会となった1948年ロンドン大会から聖火リレーは国際オリンピック委員会(IOC)憲章で正式に採用され、リレーもさまざまな方法が編み出される。
1948年ロンドン大会では初めて船で聖火が運ばれた。1952年ヘルシンキ大会では空輸された。
1976年モントリオール大会ではオリンピアで点火した聖火を電子パルスに変換して人工衛星で中継し、レーザー光線でカナダ・オタワに届ける宇宙リレーが行われた。2000年シドニー大会では水中リレーも行われた。人類の技術の進歩を映し出すのも聖火リレーだ。
ちなみに前回1964年の東京大会では、アジアで初のオリンピック聖火とあって、アテネからイスタンブールに送られた後、アジア各国をリレーして当時アメリカの統治下にあった沖縄に入り、そこから日本全国4コースに分かれてリレーされている。NHKの昨年の大河ドラマ「いだてん」や2017年の連続テレビ小説「ひよっこ」を見た方はピンとくるかもしれない。
リレーの最後、「聖火台への最終点火者はだれか?」というイベントが始まったのは1952年ヘルシンキ大会だ。陸上長距離金メダル9個のパーヴォ・ヌルミは最後まで秘密にされた。その演出がうけて、以後の大会でも最終点火者は秘匿されるとともに、趣向を凝らした点火方法もでてくる。筆者が取材した1992年バルセロナ大会ではアーチェリーで聖火を飛ばして点火させたのにはびっくりした。
日本全国をまわる聖火
東京2020大会組織委員会HPによると、「東京の聖火」は3月20日に宮城県の航空自衛隊松島基地に到着し、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島県に「復興の火」として灯される。
同26日に福島県楢葉町・広野町の「ナショナルトレーニングセンターJヴィレッジ」から全国をリレーされ、7月24日、新国立競技場に入ってくるのはだれか、最後に点火するのはどんな趣向だろうか。
赤坂 厚:スポーツライター
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