たった10分のテレビ番組が人生を変えた
中学、高校、大学と陸上競技部に所属し、走高跳びや走幅跳びをやっていたという沖野さん。義肢装具士になりたいという夢を持ったのは、大学生のときに何気なく見ていたテレビ番組がキッカケだった。
「大学3年で留年してしまった僕は、当時目標もなく、バイトしてるか家でゲームしてるような生活でした。でもその日なんとなく見ていた番組で、偶然シドニーパラリンピックのダイジェストを放送していた。そこで初めて義足で走っている陸上選手を見た。『あの足についてるのは一体なんだ?』と画面に釘付けになりました。そこから僕の人生は変わったんです」。
たった10分ほどの小さな特番が、沖野さんの心に火をつけたのだ。大学では機械システム工学を学びながら、陸上競技部でも活躍していた沖野さん。機械と陸上。義肢装具士は、自身のやりたいことと好きなことを兼ね備えた職業に思えた。
「義肢装具士でよくあるのは、アスリートと共にパラリンピックを目指したい、トップを勝ち取りたいという思いかもしれない。でも僕は、義足を作って彼らと一緒に走りたいと思ったんです。もともと僕には『ドラえもん』を作るという夢があって、一緒に何か共有できるというか……たぶん友達のような存在が欲しかったんでしょうね」。
義肢装具士の国家資格取得のために、大学卒業後は専門学校に入学。人体の構造や義足作りの基礎を学び、密度の濃い3年間を過ごした。
「学校は厳しかったし、生徒数も少ないのでサボったりもできなかったけど(笑)、確固たる目標があったから3年間はあっという間でしたね」。
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