憧れの平尾誠二との対面
大西さんが初めて日本代表に選ばれたのは大学4年生のとき。彼を選んだのは、なんと、憧れの平尾誠二選手だった。
「平尾さんのようになりたくてずっとラグビーをやってきた僕を、平尾さんが監督として代表に選んでくれた。初めてスタメンで出場することが決まったときは前日に平尾さんに呼ばれてミーティングをしたんです、平尾さんの部屋で。そんな話ができていること自体、夢みたいでした」。
当時22歳。憧れの人と共に世界に挑戦できる喜びは大きかった。一方で、“日本”を背負う重圧はそこまで感じていなかったという。
「まだ若かったから勢いだけでやっていたと思います。荒削りだったしラグビーはずっと下手くそでした。だから、なかなか浮上できない日々が続いたんです」。
その後、4年半近く、大西さんは代表の座から遠のいていく。2003年のW杯では同世代の選手たちの活躍を見て猛烈に悔しさがこみ上げた。
「最後の最後で代表から落ちて、自分は何をやっているんだという悔しさがあった。活躍する選手たちを見ては、落ち込んでいました」。
スポーツ選手ならば誰しもが経験するであろう低迷期。大西さんはもう一度ラグビーを見つめ直したい、と海外へ留学することを決意する。そしてその挑戦がラグビーへの姿勢を大きく変えることになった。
異国の地で学んだラグビーの極意とは? 続きは
後編で。
藤野ゆり(清談社)=取材・文 小島マサヒロ=写真