今、青木が伝えたいこと
実は、10月13日の「ONEチャンピオンシップ」での試合に先駆けて、10月10日に行われた記者会見で、青木は次のように語っている。
「試合は怖くてやりたくないです。でもみんな仕事したくなかったり、仕事が怖かったり。僕たちも格闘技が好きなんですけど、すごく怖いなかでやっています。その中で、何かみなさんに伝わるメッセージを残せればと思います」。
こう語った青木が、いま伝えたいものは何なのか。
いよいよ、ゴングが鳴り、第1ラウンドが始まる。開始と同時に、寝技に持ち込もうと、相手の足腰をめがけてタックルを仕掛けた。そう、「あの試合」の第2ラウンドのように。
元ONEフェザー級世界王者であるホノリオ・バナリオにタックルで組みつき、そのまま得意の寝技に持ち込む。相手の首に腕を巻きつけて技をきめると、相手はたまらずタップ(降参する行為)。
試合開始からわずか54秒での鮮やかな決着に、観客席から溢れていた聞こえないはずの音は、この勝利と化学反応を起こしたかのように大爆発し、割れんばかりの歓声となって場内に鳴り響いた。
試合後の勝利者インタビューで、再びケージの中央に立った青木は、マイクを握りながら、いつものように想いを叫んだ。
「36歳になって、家庭を壊して、好きなことやって。どうだお前ら、うらやましいだろ!」
青木はこれまで、社会や人間関係に抑圧され、プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、必死になって戦ってきた。その苦しみがわかるからこそ、同じように辛い思いをしている人たちに、語りかける。
生きるのが辛くても、孤独であっても、コツコツとやり続けていれば、いつか報われる時がくるんだよと。
その生き様は、同調圧力に苦しむ多くの人たちに勇気を与える。だからこそ、青木真也に感情移入し、感情を揺さぶられるのだ。
瀬川泰祐=取材・文・写真