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青木が積み上げてきた勝敗以外のモノ


筆者は、このときほど寂しさを覚えた試合を見たことがなかった。あの強くて太々しい青木真也が自分の土俵で負けたから、ではない。世間に晒されるものの辛さを、社会から弾きだされるものの辛さを、青木真也の姿にみたのだ。
あれから約10年の時が経った。敢えてそのことを青木にぶつけてみると、青木は満面の笑みを浮かべながらこう話した。
「最高じゃないですか。それは感情を揺さぶられたってことだよね。プロ格闘家ってさ、試合を積み重ねていくことによって、その人物の歴史が上書きされて、その人物の物語ができあがっていくんだよ。勝敗よりも、ストーリーに価値があるんだよ。俺、スポーツ選手じゃないもん」。
その言葉に驚くものがあった。さらに青木に質問を投げかける。「あなたは自分の職業をどう表現するのか」と。すると青木は淀みなく、こう答えた。
「演者。芸事をしている演者ですよ。その人がどういう歴史を歩んできて、どんな創意工夫を凝らして、試合に挑んだか。それが伝わるから、みんなが自分のことのように感情移入してくれる。俺らは、勝ち負けの商売をしているんじゃない。感情を揺さぶる商売をしているんだよ」。
青木真也は、嫌われ者である。これまで数多くの「ざまぁみろ」を投げつけられてきた。それでも試合を積み重ねながら、長い年月をかけて、青木真也という人間のストーリーを紡ぎ、観客の感情にメッセージを投げかけてきたのだ。



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