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アメリカでのハードな大学院生活

進路を見直し、帰国後は一浪してアメリカの大学院に進学。スポーツマネジメントのビジネスが盛んなフロリダ州立大学に入った。しかし院での勉強は想像よりもずっとハードだったという。
本田さん
マイナーリーグのベースボールチームでのインターンシップ時代の本田さん。
「1年半の大学院生活は学校と図書館の往復。あとは睡眠。それだけです。遊ぶヒマなんかまったくなくて、とにかく勉強しなければ授業に追いつけませんでした。各授業で課題が出るし、少し論文を読んだぐらいでは到底足りなかった」。
本を読み込み、論理的な文章を書いてプレゼンする。院生時代の苦い記憶が現在のビジネスシーンにも生きている部分は少なからずあるだろう。もちろん実践的な授業にも身を置いた。
「大学で行われるテニス戦で、より観客を増やすにはどうすれば良いのか、どんなフライヤーを作成すれば注目が集まるか、どこから資金を調達するかなど、ビジネスシーンを強く意識する授業も多くてそれは今でも時々思い出します」。
アメリカでスポーツビジネスの勉強を続けるうちに25歳になっていた本田さんが、帰国後に出会ったのが、コールマンだった。
「帰国後すぐにコールマンの求人が目に入りました。コールマンとスポーツって全然結びつかないじゃんって思われるかもしれないけど、じつはスポーツの定義って非常に幅広い。チェスやポーカーだってアメリカでは立派なスポーツ。肉体を動かすだけではなく、もっとレジャー的な要素もスポーツビジネスのシーンには含まれているんです」。
生活を豊かにする余暇活動がスポーツなのだとしたら、それはキャンプにも言えることだった。ちょうどその頃アメリカの雄大な土地に感化され、本田さんはアウトドアの魅力を感じ始めていた。
本田さん
「コールマンに関して忘れられないのは、アメリカ在住当時、雑誌を見ていたときに目に入ったカヤックの記事。コールマンのツーバーナーに載せたスキレットの上でパンケーキがこんがりきつね色になっている写真が妙に印象的で……カヤック乗って、自然の中でこんなパンケーキ食べるの最高じゃん! っていうのがキャンプに興味を持つ原点だったかもしれません」。
2006年、本田さんはコールマンジャパンに入社。しかし、最初は思い描いていたものと現実のギャップに大きく悩まされたという。新卒でコールマンの営業になった本田さんを悩ませたものとはなんだったのか。続きは【後編】で。
 
澤田聖司=写真 藤野ゆり(清談社)=取材・文


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