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2019.09.14

あそぶ

2020侍ジャパン候補、上林誠知選手の父親に聞いた「子供のために親ができること」

FUN! the TOKYO 2020 
いよいよ来年に迫った東京オリンピック・パラリンピック。何かと “遊びざかり”な37.5歳は、 この一大イベントを思い切り楽しむべき。 競技を観るのもするのも、主な拠点となる東京を遊ぶのも、 存分に。2020年の東京を……Let’s have FUN!
甲子園で活躍した高校時代はAAA世界野球選手権の日本代表メンバーとしてもプレー。プロ入り後も侍ジャパン入りを経験し、2020年の東京オリンピック出場も目指す福岡ソフトバンクホークスの強打者・上林誠知選手(24歳)。
今季こそケガの影響もあり苦戦をしているが、三拍子揃った潜在能力は球界屈指の外野手になれると評価されている。若くして球界トップを目指すポジションにたどり着いた上林選手。©SoftBank HAWKS
その少年時代はどのように育てられたのだろうか?
成長を見守ってきた父・光行さんに「子育て」を振り返ってもらった。
 

「強制せず、本人のやる気を待つ」

上林誠知選手は男3人兄弟の真ん中。3歳上の兄、4歳下の弟に挟まれて育った。野球を始めたのは小学1年生のとき。上林選手の父、光行さんは元高校球児。野球好きで、子供ができたら野球をやらせたい、という気持ちは昔から持っていた。
「実際になれるかなれないかは別にして、兄弟のうち誰かがプロ野球選手になったらいいな、と思ってはいましたね」。
ただ、だからといって上林選手も含めた3人の子供たちに野球を強制したわけではないという。
野球を始めた頃の上林選手。貴重な右打席の写真。(家族提供)
「何事も本人にやる気がなければ続かないと思っていたので、無理矢理に野球をやらせたりはしませんでした。実際、幼稚園時代の誠知はサッカー好きで、将来の夢も『サッカー選手になりたい』なんて書いたりしていたんですよ。私は黙って見ていましたが、心の中では“うーん、そうか〜”とヤキモキしていましたね(笑)」。
その後、友達の誘いもあって長男が近所の学童野球チームに入ることになり、上林選手もついていく形で入団。それが本格的な野球との出合いになった。
「最初はなんとなく長男についていったのだと思いますが、やっていくうちに野球が楽しくなったみたいで。運動全般、得意でしたから、投げる打つ走る、といろいろな要素がある野球が面白かったのかな」。
子供たちが念願の野球を始めてくれた父・光行さん。以降もいわゆる“お父さんコーチ”としてグラウンドに足を運んだり、撮影した映像を一緒に見て意見を交わす程度のことはしたが、本格的に教えたり、厳しく指導することはなかった。
「ある程度のところまでは好きにさせました。せっかく始めてくれた野球、嫌いになって辞められたらイヤだな、と思ったので。だから、感覚としては続けるサポートをした感じですね」。


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