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白石との出会いは小林の書への姿勢を完全に変えた。ROCK好きのおしゃれな兄ちゃんが書をやるから面白いのではないのだ。ROCK好きのおしゃれな兄ちゃんかどうかは関係ない。彼がやる書が本当に面白いかどうか。書を通じてどんなものを見せることができるのか。
 
チャンスをものにし、実績を積み、現在
「僕の書がどんなものであるか、という点には誰も注目していなかったんです。白石先生は学校では学ぶことができなかった、生きた歴史を教えてくれました。日本の歴史を作ってきた多くの先人の書を僕に見せてくれて、彼らの想いを感じることができたんです。白川文字学を学び、漢字の意味と成り立ちを知るきっかけも与えてくれました。それは完全に今、僕自身が文字を書く源になっています。

自分の書に需要があることがわかって以降も、僕は僕の書のあり方にまったく満足していなかったんです。モチベーションとしてはすごくシンプルで、“自分はこんなんじゃねえ”っていうだけ(笑)。なりたい自分と今の自分のあいだに大きな差があることはわかっていたんですけど、それを埋めるためにどうすればいいのかがわかっていなかった。そのぼんやりとした不安を先生との出会いが解消してくれました。そのとき、一気にビジョンと、どうするべきかという道筋を得ることができたんです」。

小林は少しずつ実績を積んでいた。「龍」の書を販売した翌年には「巳」の書を手掛け、特に発表の場がない時期にもSNSを通じての作品の発信は欠かさなかった。そんななか、Facebookである人物が小林の作品をシェアし続けているのに気づく。連絡を取ってみると、ドバイのテレビ局のディレクターだったという。



「“君は世界的アーティストになるだろう”って言ってくれたんです。彼は、ニール・ドナルド・ウォルシュの『神との対話』をバイブルにしている、非常にスピリチュアル志向の強い人物で、やりとりするうち僕のなかでに、ドバイにアンテナが立ったんです。

ちょうどそのタイミングで、ミラノ万博でのパフォーマンスのお話をいただいて。航空券を取ったらそれがなぜかアブダビでトランジットだったんですね。それで、身の回りの人々に“無償で結構ですので、何かドバイにご縁ないでしょうか?”ってお声がけしたら、ドバイ総領事館をご紹介いただき、『セブンイレブン』が出店する際の式典でのパフォーマンスが決まりました」。

小林は、結局イタリア各地で1カ月、ドバイに3週間滞在し、さまざまなパフォーマンスを行った。特にドバイとは繋がりが深まり、パフォーマンスを通じて知己を得たJICE(日本国際協力センター)という財団法人からのオファーで、翌年、アブダビでのパフォーマンスも果たす。

漆黒の羽織袴で筆を振るうその姿は“実写版バガボンド”とも呼ばれたという。



この最初の海外でのパフォーマンスの裏には、周囲の応援があった。これまでの活動を見守ってきてくれた人々から出資を募り、小林は200万円の調達に成功するのだ。

その後も小林龍人は地道に活動を続けている。ある有名ホテルのレストランの題字を手掛けたり、さまざまな場所でパフォーマンスを展開したり、とにもかくにも今は書で身を立てている。サーフィンやスノーボードに行ったり、限定販売のレアなファッションアイテムを手に入れたりと、彼自身の本質を損なわないまま。それも含めて、生活のすべてを書で表現していく。

しかし、なんという男だろう。なぜ彼を周囲は放っておかないのだろう。もしかしたら彼の持つ最大の才能は、みんなに愛されることなのかもしれない。

「強い男になりたい」なんて漠然とした夢を、最終的に「書」というつかみどころのない世界で叶えようとしている。そしてことごとくその過程で、彼は誰かの力を借りているのだから。



「僕はやはり今も、みんなに勇気を与えられる存在になりたいと思っています。名を知られるのはもちろんですし、僕の書を見て何かを感じてもらえるのは非常にうれしいと思っています。でももうひとつ、30歳を過ぎてからそれまでの生活のすべてを捨て、多くのことがうまくいかなかったけれど新しいことに挑戦し、自分のやりたいことで身を立てていく……っていう、僕みたいなヤツのことを知ってもらうことができれば、もしかしたらそれで多くの人が何かの挑戦をしようと考えるかもしれない。そんな存在になっていけるよう、今は毎日頑張っています」。

【Profile】
小林龍人
1976年、埼玉県狭山市生まれ。大学卒業後、外資系マーケティングリサーチ会社に就職。30歳で退職し、ひょんなことから20年ぶりに筆を持ち、書の道に入る。独自の手法で、人々に勇気と元気を与える書を生み出す墨筆士。国内外で数多くのライブパフォーマンスを行い、店舗や企業イベントなどの題字も認める。
インスタグラムはこちら:www.instagram.com/ryujinartist

稲田 平=撮影 武田篤典=取材・文

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