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唯一持っていた心理カウンセラーの資格で、何ができるか

ビジョンはあった。本を書き、人前で話をして多くの人を勇気づけたい! プランはなかった。ひとまず自分磨きの時期に知り合ったビジネスコーチングの専門家に相談した。

「その先輩に言われたんです。“小林くんの本業は何なの?”って。……いや、会社辞めたばっかりの無職ですよね(笑)。僕には何もないんです。本を書いたり講演をしたりするのは、何か仕事で実績があって、みんながその人のことを知りたいって思うような人なんですよ。当たり前ですよね。

で、その時僕が唯一持っていたのが心理カウンセラーの資格で。その方は“だったらそれを活かしたら?”って。“小林くんみたいにチャラチャラした人が夜な夜な繁華街に出て若者たちと話をするのってどう?”」。

いわゆる“夜回り先生”である。この先輩、多分に戦略的で、“チャラ男の夜回り先生”というキャラ設定がメディアに響く可能性も考慮していたのだ。

「あり得ない、と思いました。速攻で“やりません!”って答えました。僕はカッコよく生きたいし、路上で知らない若者に声かけるなんてプライドが許さないし、絶対やりたくない! でもその後、2時間ぐらい懇々と話をしてくれたんです。それで何かワクワクしてきたんですね。そういえばオレって単なるカッコつけマンなんだよな。プライドとか言っても、自分に何ができるわけでもないし。絶対イヤで絶対やりたくないんだけど、それをやることで何かが変わるんじゃないかって、どんどん血が騒いできて……」。

30歳の夏、小林は原宿駅に降り立った。「25歳以下限定、心理カウンセリングします」という手書きの看板と、100円ショップで手に入れてレジャーシートと小さな折りたたみ椅子を携えて、明治神宮に至る橋の上に佇んだ。

「でも、自分がシートを敷いて座るまでに4日かかりました(笑)。ああいうのって、本当はサクラを用意して、まず座ってもらうんですよね。でもなんかカッコつけて“オレ一人でやるんだ!”って。それで自分自身がそもそもシートすらしく勇気がないんだから笑っちゃいますよね。狭山から原宿まで通って橋の上でモジモジしては帰るということを続けて、4日目にようやく“カウンセラーという役を演じるんだ。オレ自身が恥をかくわけではない!”って自分に言い聞かせて……で、そこから2日間、誰もお客は来ませんでした(笑)」。

そのことをブログに書いたら、「“カウンセリングします”だけじゃダメ。人が立ち止まるための“ツール”が何か必要」とコメントしてくれた人がいた。

「ツールかあ……じゃあ書道とか、かな? 子供のころ六段とったし、読んだ本で感動した言葉いっぱいあったしな。まずはそういうのを書いて、レジャーシートの上に並べときゃいいか、って。わりとかる〜い気持ちで」。

こうして30歳の夏、小林は、実に20年ぶりに筆を手にした。路上カウンセリングのツールをつくるために。
 
【Profile】
小林龍人
1976年、埼玉県狭山市生まれ。大学卒業後、外資系マーケティングリサーチ会社に就職。30歳で退職し、ひょんなことから20年ぶりに筆を持ち、書の道に入る。独自の手法で、人々に勇気と元気を与える書を生み出す墨筆士。国内外で数多くのライブパフォーマンスを行い、店舗や企業イベントなどの題字も認める。
インスタグラムはこちら:www.instagram.com/ryujinartist

稲田 平=撮影 武田篤典=取材・文

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