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人生の目標は「娘が成人するまで飯を食わせる」こと

プライベートでは36歳で結婚。娘も生まれて順風満帆……それでも彼は自身の人生を冒頭のように「負け」と語る。
「結局、負けちゃダメだという思いが、人生の無駄や失敗を許さない空気を作っている。無駄や失敗にまみれた不本意な毎日こそ、人生を形作っているものだと思うし、それを無理に肯定も否定もしない人間でありたい」。
人生を振り返ると、明らかに「失敗」だった。そう断言することはかなり勇気のいることだ。失敗を認めるのは怖い。人生の巻き戻しやリセットはできないことがわかっているだけに、なおさら私たちは自分の選択や決意を無理やりにでも肯定し、失敗していない、と自分自身を慰めないといけないような気持ちになってしまう。
しかし彼は、負けや失敗があったっていいじゃないか、と考える。一発屋芸人という称号を背負わされ、ときにプライドが傷付けられることもある。それでも飯は食えているし、守らなければいけないものもある。
「娘が生まれたことは僕が人生で思い描いたことが、初めてそのまま100点で実現できた瞬間でした。今の目標は、娘が成人するまで不自由せずに飯が食えれば……それぐらいしか思いつかないですね」。
家族のために働いて、お金を稼ぐこと。芸人としてはつましい目標だが、それがリアルだった。
「とりあえず生きていくというか。僕、人間を主役か脇役でわけるクセがあったと言ったじゃないですか。人生40年も生きた今なら自分がエキストラ側の人間だったってわかる。思っていた自分には全然なれなかった。でもそれでも、たまに褒めてくれる人がいたり、娘の成長が見れたり……それでいい」。
芸人になったことを後悔したことは? そうたずねると、まっすぐ「それはない」と答える。無駄も負けも重ねた人生の折り返し地点。大事にしたいと思えたのは、日常の中に散らばるささやかで確かな輝きだった。
【関連書籍】
『一発屋芸人の不本意な日常』(著:山田ルイ53世/朝日新聞出版)
一発屋芸人の不本意な日常
ある日は地方営業でワイングラスに石を投げられ、ある日はサインをネットで売られる。自ら「負け人生」とかたる日々をコミカルにつづった切なくも笑える渾身のエッセー。
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20661

冨田千晴=撮影 藤野ゆり(清談社)=取材・文


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