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キャンパーとして、全国を放浪

起業の際、アウトドアブランドをメインに動き始めたのも、野営好きという趣味(副産物)がもとになっている。
「野営をするようになったのは、28歳の頃。当時よく一緒に旅をしていた友人が釣り好きでした。僕、そんなに魚が好きじゃなかったんですけど、友人の釣りに付き合うなかで自分で釣って食べる魚がこんなに美味しいんだと実感できるようになって。やっぱり何事も体験してみないとっていうのも、このときから感じていたことです」。
休日はワーゲンバスでキャンプをしながら、全国各地を放浪し、旅先で知り合いを増やしていった。まるでフーテンの寅さんのような生き方だ。
現在もそのスタイルは変わらない。辻堂を拠点にしているものの、自由気ままに好きな場所で野営を楽しむ生活を送っているという。ベースを持たないからこそ、なんの制限もなく自由に考え、動けるのかもしれない。
「京都でふらりと入った建物で知り合った車関連の店主なんて、今では京都のクラシックカーの師匠みたいな存在だよ」。
そう言ってにやりと笑うかきぬまさんは、じつにチャーミング。その魅力からどんどん繋がりが増えていく。取材中も、多くの人がかきぬまさんを見つけると声をかけて近寄ってくる。そこには自然と温かな輪が生まれ、常にその中心にかきぬまさんはいた。

「若いときは東京にしがみついていたけど、大人になってそれがどれだけ無意味なことかわかりました。価値や伝えたいメッセージが本物であれば、そこには人が集まる。どこにいたって、人生はどうにかなるし(笑)。旅をするなかで、家を買うこと自体、そんなに重要なことではないかなと思うようになりました」。
仕事も家も、人生において一般的に「メイン」とされている。しかし、そこにどれだけの価値があるのか真剣に考えたことがあるだろうか。もしかしたら世の中で大事とされているだけで、自分の人生には他にもっと大切で楽しいことが眠っているかもしれない。かきぬまさんは常にそんな固定概念にとらわれないプライオリティを探し求めている。
「旅先での出会いだってすべて副産物だけど、最近思うんですよね。あれ? 副産物のほうが面白いんじゃない? って。稼ぐとか家を買うとかより、もっと自分には大切なことがあるんじゃないかって」。
企画会議の副産物から始まった、40代の新たなスタート。先が見えない展開を何よりも楽しんでいるのは、かきぬまさん自身のようだ。
 
取材・文=藤野ゆり(清談社)


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