自分、たぶん見ため以上にピュアなんで
驚くべきは、そうして自分で自分を騙してしまえば、没頭するという点。決して、そこから我に返ることはないのである。
「あー、自分で言うのもなんですけど、僕はたぶん人よりもずっとピュアなんだと思います(笑)。なにしろ学校教育を受けていないから、俗に染まってない(笑)。だから社交辞令とか謙遜とか一切ない状態で生きてきたんです。一旦、自分でこれが好きなんだっていうモードに入ってしまえば、ずーっとそのままいくことができるんだと思います」。
なるほど、小学生時代から完全に一貫しているのである。価値の判断は自分で下し、いかに「それが世間で当たり前なんだ」と言われても、自らが納得しない限り鵜呑みにはしない。
「公式とかを知らないので、答えを出すにはどうすればいいか、結局自分で考えてやるしかないんですよね」。
今でこそ、上の立場だから思い通りに仕事をすることができる。でもその頃は先輩もたくさんいたはずだ。自分の気持ちの処理は「オタク化」で済むにしても、リスペクトできない先輩たちからの声にはどう対処していたのだろう。
「正直、2~3個程度上の先輩は、先輩とは見ていませんでした。でも無視するわけにはいかないし、もちろんうまくやらないといけない。だから“どうすれば彼らが喜ぶか”を見出しました。例えば、粉をこねるときって背筋を伸ばすのが普通なんです。じゃないと腰を痛める。でも、前かがみのほうが一生懸命に見える、っていう先輩がいるんですよ。前のめりの若手を見るのが好きみたいで。なんか一生懸命に見えるようなんですね。そういう先輩の前では前のめりで粉をこねてみたり」。
そのレベルでは対応しきれない先輩に関しては“神様のフィルター”を発動していた。
「めちゃくちゃ嫌な人っていますよね? そんなヤツの言うことって聞きたくないじゃないですか。でもそれだと自分が成長できないってこともわかってるんです。だから僕は、それを“神様のフィルター”と名付けて、この嫌な奴を通して神様が何かを僕に伝えようとしてるんだって思うようにしたんです。どんなところでも学べる人間力を身につけないと、上には行けないよって神様が言ってるんだ、と思うようにしました」。
なんとまあ、真の職人の修行とは極めて壮絶なものなのである。
【Profile】 杉窪章匡 1972年生まれ。石川県の輪島塗職人の家系に生まれ、毎食10品以上おかずを作る母の元で育つ。高校中退後、16歳で辻調理師専門学校に学び、パティシェとしてキャリアを積む。24歳でシェフとなり、27歳のとき渡仏。2年間の修行を経て帰国後、パティスリーや人気ブーランジュのシェフを担当。40歳で独立し、株式会社ウルトラキッチンを興す。愛知、福岡、神奈川でパン屋をプロデュース後、2013年に直営店「365日」を開業。2016年にカフェ「15℃」をオープン。2018年には「ジュウニブンベーカリー」と「365日と日本橋」をオープン。稲田 平=撮影 武田篤典=取材・文
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