もうひとつ生まれていた未来への足がかり

実はこの時、もうひとつ、のちの三田作品に影響を及ぼす大きなきっかけが生まれていた。それは『クロカン』の主人公・黒木竜次がすごく魅力あるキャラクターだったということ。
ノック1本ごとに部員から金を取り、剛腕強打の選手には逆に“給料”を支給。決戦前夜に相手チームの監督と酒を飲み、不慣れな新キャプテンをパワハラまがいに追い込む……世間一般の常識など顧みず我が道をいき、言動の多くはトリッキー。すべてを説明することなく部員たちに考えさせ、概ね狙い通りの結果を出す。つねに自信満々。だがその根拠となるような背景はほとんど説明されない。
「『クロカン』の後に『モーニング』の編集者から“あのキャラクターで次の作品、何かできないですかね？”って言われたんですよ。これはもう漫画業界にはよくある話です。ヒットした作品の次に来る話って、多くが“あんな感じでうちでもやりません？”ですからね（笑）」。
それまで進めていたある新連載の企画にストップがかかり、新たに企画する段階でのことだった。誌面の編成上、うまく通りそうだったのはゴルフものか学園もの。三田さん、ゴルフ漫画で以前苦労した経験があったそうで、スポ根的要素を入れた学園ものでいこうということになった。三流高校生が鬼コーチの指導の下、東大を目指す。つまり『ドラゴン桜』である。
『クロカン』の黒木竜次は、「ドラゴン桜』の主人公である暴走族出身の型破りな弁護士・桜木建二の原型となったのだ。

「そのとき、当時新入社員だった編集者が“いやあ……東大に合格するのなんて簡単なんですよねえ”って言ったんです。こっちにしてみれば“なんで？” “どうすんの？”ってなりますよね。それで“いやあ……こうやってこうやって、これをこうすればいいんですよ”って説明してくれて、“はー、なるほど！ じゃあそれを漫画にしようよ！”っていうことになったんです」。
その新入社員こそ、佐渡島庸平氏。灘高校、東京大学文学部を卒業し、2002年に講談社入社、モーニング編集部に配属。まさにその年、三田さんとともに『ドラゴン桜』の企画を立ち上げたのだった。その後『宇宙兄弟』（小山宙哉）、『働きマン』（安野モヨコ）など、大ヒット作の編集を務め、2012年に講談社を退社。クリエイターのエージェント会社『コルク』を設立し、同社が三田さんの『インベスターZ』『ドラゴン桜2』も手掛けている。
「まあそんなわけで、黒木竜次は僕の作品において、その後の稼ぎ頭になってくれましたね（笑）」。
 
【Profile】
三田紀房
1958年、岩手県北上市生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、西武百貨店の入社。実家の洋服店の経営を経て、30歳の時に漫画家デビュー。代表作に『ドラゴン桜』『インベスターZ』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。2005年には『ドラゴン桜』で第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』、『モーニング』にて『ドラゴン桜2』を連載中。
 
稲田 平＝撮影　武田篤典＝取材・文