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ログハウスは高校時代からの憧れ。マイホームは妥協できなかった

瀧口さんが、最初にログハウスに興味を持ったのは高校生のときだった。「これを見てください」そう言って取り出したのは、1985年発行の雑誌『Outdoor』の臨時増刊号。

「本屋でこの雑誌を見つけて、なぜか心引かれたんですよね」。
その頃の日本ではまだ建築基準法がネックとなり、なかなかログハウスを建てられなかった。しかし、1986年に一定の基準さえ守れば誰でも建てられるようになり、一気にその文化は広がることとなる。まさにそんな過渡期のなかで瀧口さんは、いち早くログハウスに目をつけていたのだ。

「社会人になってデザイン系の印刷会社でサラリーマンをしていたんですが、28歳で脱サラしました。ヴィンテージ食器のファイヤーキングなどを扱う雑貨店を開いたら、まだ珍しかったこともあって、割とすぐに経営が軌道に乗ったんです」。
そこで次に瀧口さんが目標にしたのは妻と子供、家族3人で暮らすための理想の家を手に入れること。当然、憧れのログハウスに住みたいと思ったが、当初はセルフビルドを行う予定ではなかったという。
「完成予想の細かい図面を描いて、それを再現してくれるハウスメーカーさんを探したんです。でも前例がないデザイン、建て方なので、30社以上に難しいと断られました」。
妥協すべきなのかもしれない。諦めかけていた瀧口さんだったが、妻の『本当にそれでいいの?』という一言に、背中を押されることとなる。
「人生で一度きりのことなので、適当なところで手を打ったら僕が後悔することを、妻はわかっていたんでしょうね。だったらもう、自分で作ろうと。DIYで家具を作る、それが少し大きくなったと思えばいいんじゃないかなって(笑)」。
2005年の春、36歳で地元・山形を離れ、理想通りのマイホームを作るセルフビルドを開始。ちなみに移住先を房総に決めたのは「ドライブしていてビビッときたから」だとか。ここから13年間、瀧口さんは自身の家を、作り続けている。


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