あっという間に過ぎ去った2018年上半期で、37.5歳が読むべき、観るべき、聴いとくべき「本、映画、CD」を一気におさらい。楽しめカルチャー! 楽しめ夏休み!
前回紹介した5作品に続き、すでにDVD化された新作映画の中から、今回は少しシリアスな作品をチョイス。衝撃のヒューマンドラマや、SFラブファンタジー。見終えた後ゆっくり感慨に浸るのもアリだろう。
NYインディーズ映画界の名匠による4作品
1990年代にインディーズ界を席巻したハル・ハートリー監督。’97年のカンヌ映画祭で脚本賞に輝いた『ヘンリー・フール』以降、新作長編の日本公開が途絶えてしまっていたが、『フェイ・グリム』『ネッド・ライフル』という続編2本を合わせた幻の3部作が、初期の名作『トラスト・ミー』とともに今年上映された。
自称天才作家ヘンリーと詩作に目覚めるゴミ収集人の交流を描いた1作目、ヘンリーの妻が夫を探してヨーロッパに赴くスパイ映画風の2作目、成長したヘンリーの息子のロードムービーとなった完結編と、三者三様の物語が絵が荒れる。
『ヘンリー・フール・トリロジー』監督:ハル・ハートリー/出演:トーマス・ジェイ・ライアン、パーカー・ポージー、ジェームズ・アーバニアク、リーアム・エイケンほか/配給:ポシブルフィルム
www.halhartley.com
半魚人と中年女性による注目のラブファンタジー
スペイン内戦を背景にしたダークファンタジー『パンズ・ラビリンス』や、特撮怪獣への愛がほとばしる『パシフィック・リム』などで知られる名監督ギレルモ・デル・トロ。
現在、映画賞レースを席巻している新作は、1962年を舞台に、半魚人と言葉を話せない中年女性の恋を描いたラブファンタジー。そんな突拍子もないアイデアを、隅々までこだわり抜いた大人のおとぎ話として成立させている。
個々の分断や孤独が蔓延する現代社会へのアンチテーゼとして、彼女たちの希望を真っすぐに描いたという、デル・トロの想いを受け止めたい。
殺人事件の起きた家に隠された事実とは?
『シュリ』やTVドラマ「LOST」など、韓国とハリウッドを股にかけて活躍する女優キム・ユンジンが主演した異色のサスペンススリラー。
ユンジンが演じるのは夫と息子を殺した罪で服役した女性ミヒ。25年後、事件が起きた自宅に戻ってくるが、誰もいないはずなのに何者かの気配が漂っていた。はたして25年前にこの家で何が起きたのか?
ユンジンが「今までに読んだことがない脚本だったので出演を決めた」と語るように、ミステリー、ホラー、SFなどのジャンルを往来しながら、最後には母子の愛に感動させられる予測不可能な怪作だ。
娘を殺された母と怠慢な警察。
3枚の看板から始まる両者の対立
アメリカの田舎道に立つ3枚の大きな看板。地元民しか通らず宣伝の役割を果たさないため長らく放置されていたのだが、ミルドレッドという女性が広告を出す。そこに書かれていたのは、7カ月前に娘を殺害した犯人がまだ捕まっていないことに対する怒りと、警察署長に対する宣戦布告だった――。
『スリー・ビルボード』は、多くの優れた映画がそうであるように、単純なジャンル分けを拒否する多層的な人間ドラマだ。一見のどかな田舎町に大きな波乱が起こる群像劇であり、正体のわからない犯人を捜すミステリー要素もある。
ところが、だ。娘を殺された母親と怠慢な警察の対立という図式はいつの間にか後退し、登場人物たちの等身大の葛藤や日常にスポットが当てられていく。
観客は物語が向かう先の見当がつかず、宙ぶらりんなまま、ときに笑い、哀しみ、戦慄しながら灰色の世の中に埋もれる善性を探し求めることになる。扇情的でも露悪的でもない人間に対するフラットな目線は、確かな品性に裏打ちされたものだ。
主演は『ファーゴ』で身重の警察署長に扮したフランシス・マクドーマンド。今回は警察に盾突くシングルマザーを、往年の大スター、ジョン・ウェインをモデルに演じたというが、2度目のアカデミー賞受賞もありそうな強烈な個性に魅了される。
米史上最大級の暴動を舞台にした社会派ドラマ
1967年にデトロイトで起きた暴動の最中、街中のモーテルに押し入った警官隊が武器を持たない黒人少年3人を殺害した。自動車産業で潤い、モータウンの音楽が人気を博していた時代、デトロイトに大きな影を落とした事件を『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督が映画化。
もぐり酒場の摘発が黒人住民の怒りに火をつけ、町が5日間無法状態となった“デトロイト暴動”を再現しつつ、差別と偏見と恐怖が引き起こした一夜の悲劇に肉薄する。実際にモーテルに居合わせた被害者たちの協力を得て歴史の闇に光を当てた力作だ。
村山 章=文