長野へ移住したからこそわかった東京の良さ
池田さんには、移住したからこそわかったことがある。それは意外なことに「東京の良さ」だ。
「『東京、すごくいいな』と思えるようになりました。夜遅くまで開いている飲み屋さんがあり、少し歩けば小洒落たカフェが見つかる。アートや文化、人との出会いなど刺激に富んでいます。かつて当たり前だったことの良さをあらためて実感できた」。
なによりも「東京には『透明』になれる場所がたくさんある」と言う。
「東京では、不特定多数のなかのひとりになれる。富士見町に来る前はそこに物足りなさを感じていた時期もありました。でも今は東京で受けた刺激を持ち帰ることで、長野ではよりニュートラルで自分に正直な仕事ができている気がします」。
だから、生活の拠点は富士見町に置きつつも、東京との二拠点生活は続けたいと考えている。「正直」になれる富士見町と「透明」になれる東京。どちらかだけではない両方の視点が大切と感じているからだ。
たしかに移動などのコストはかかるが、二拠点生活はそれ以上に大事なものをもたらしてくれる。
「東京で生活する。地方に移住する。二拠点で働く。どれを選んでもいろいろなことがあります。僕はこっちに住んで良かったと思っているけど、ほかの人にとってはそうじゃないかもしれない。結局、自分が決めた道を楽しく生きられるようにどれだけ努力するか。それだけだと思います」。
そう話す池田さんの言葉をだまって聞きつつ、ときおり優しく「当時は、こう思っていたんじゃない?」と助け舟を出す妻。それに「うん、そうだった」とうなずく池田さん。夫妻の絆は、どこを拠点にしてもきっと変わらないのだろうと思った。
藤野ゆり(清談社)=取材・文