「他人に使われ続ける人生なんて嫌だ」
山田さんは20歳のとき、地元兵庫県のパチンコ店でホールスタッフとして働いていた。労働環境はお世辞にもいいとは言えないものだったという。
山田さんがホールを駆け回って必死で働いているのに、上司は上階にある事務所でバイトの女の子と遊んでいる。頭に来て文句を言ったら、事務所に呼び出された。そこで偶然、今も親交のあるひとりの男性と出会うことになる。
男性はたまたま仕事でパチンコ店を訪れていた東京のデザイナー。この出会いが、その後の山田さんの人生を大きく変えることとなるのだ。
「彼が仕事で事務所によく来るので、自然といろいろな話をするようになったんです。同い年で、不思議とウマが合った。でも、彼は東京でデザイナーとして活躍し、僕は地方のパチンコ店で上司や客に怒鳴られ、どつかれている。やっぱり、自分の人生を見つめ直さざるをえないじゃないですか」。
10代は勉強もせず遊んでばかりだった。中学卒業後は夢も目的もなくバイトに明け暮れる日々。両親や親戚がみんな教師という厳しい家庭で育ち、それに対する反発も少なからずあった。
そんな山田さんが、自分の人生を見つめ直し、目標を見つけたのだ。
「『このまま人に使われ続ける人生なんて嫌だな』と、そのとき初めて思ったんです。どうやったら人に使われないで済むか? 単純だったので、自分が人を使う側になるしかない。だから『社長になろう!』と決めたんです」。
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