看板娘という名の愉悦 Vol.12
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
「コワーキングスペース」というものがある。いわゆる、デスク単位で契約する共有型のオープンオフィスだ。そこでお酒も飲めればよいのだが、なかなかそういうわけにはいかない。
しかし、「コワーキングスナック」ならどうだろう。
この日に目指したリバーライトビルは、西口からほど近い場所にあった。通称、「五反田ヒルズ」。30軒以上の魅力的な飲食店が入居している。
ここの2階にあるのが「コワーキングスナックCONTENTZ分室」。
五反田に拠点を構える編集プロダクション「
ノオト」が運営しているコワーキングスペース「CONTENTZ」の“分室”というテイだ。
編集プロダクションが片手間に始めたお遊びではないことがわかる。全力でご紹介したい看板娘はママのサエコさん。
写真を見てわかるように、好きなお酒はスコッチウイスキーの「ラフロイグ」。
いいでしょう、ラフロイグをロックでください。スナックマジックで、つい「ママも飲みますか?」と言ってしまった。
サエコママに年齢を尋ねると「今年で28歳になります」。つまりは27歳だ。いつも思うのだが、人はなぜ今の年齢を聞かれて未来の予定を答えるのだろう。
「うーん、深い意味はないんですが、サバを読まないように無意識のうちに上の年齢を答えたいんでしょうか」
店のオープンは2016年7月。「コワーキング」というだけあって、実際にここで仕事をしてもよいそうだ。
ちなみに、サエコママは札幌生まれ。高校卒業後は東北にある私立の美大でグラフィックを専攻した。
「あの頃はとんがってましたね。努力した人が偉いっていう風潮が嫌で。でも、当時の自分には『理屈はいいから何か作れ』と言いたいです」
その後、東京のアニメ制作会社に就職するも、環境に馴染めなかったため8カ月で退職。この先どうしようかと悩んで知り合いの女性編集者に相談したところ、「ライターを目指してみたら?」と言われた。
「それを素直に受け入れてノオトさんが主催している『五反田 #ライター交流会』に参加したのがきっかけで、このスナックの立ち上げメンバーになったんです」
チャージが1000円で、セット料金は男性3000円、女性2000円。もちろん、グラス単位の注文もできる。
ところで、壁際のテーブルでは若い女性2人が楽しそうに話し込んでいる。ママに聞くと、左がチーママのマリエさんで右は体験入店で訪れた女性とのこと。仕事前のガイダンスタイムというわけだ。
ここで、ママが突然「セロハンテープ使います?」と聞いてきた。
「いや、大丈夫です」という謎のやり取りを経て、ママの趣味を尋ねると「漫画とアニメ」だと語り始めた。
「『僕のヒーローアカデミア』とか大好きです。キャラでは爆豪勝己推し。いつか作者の先生がこの店に来てくれないかなあと思いながら毎日営業しています」
ママいわく、この仕事で楽しいのは見聞が広がること。大変なのは店の運営面で常に改善点を探さないといけないこと。
カウンターには常連客の男性もいた。軍事関係のジャーナリストだという。なるほど、これは見聞が広がる。
彼にママのよいところを聞くと、「うーん、オタクだけど社会性があるところかな。こういう仕事ってオタクじゃないとできないし、オタクすぎてもできない。それは僕の仕事も同じ」。
ここで、マリエさんが「ママは色気がすごいよね」と絶賛。しかし、ママは「そんなのないない。私の脳内なんて二次元だけだし」と首を振る。
「でも」とママは続けた。
「この仕事を始めてから、美に関しては努力しないといけないなあと思うようになりました。だから、私いま学生時代とは別の意味でとんがってますよ(笑)」
さすがにホッピーは置いていないようなので、お代わりは金宮のソーダ割りにしよう。
ライターとしても軌道に乗ってきて、
こんな記事や
こんな記事を書いているが、一方でママ業は続けたいという。
「お客様ももちろん大切だけど、一番はチーママたちに気分よく働いてもらうこと。私自身、不器用で仕事環境に恵まれなかったので、余計にそう思いますね」
泣けるコメントをいただいたところで、そろそろお会計をしよう。サエコママ、読者へのメッセージをお願いします。
グラフィック専攻ゆえイラストで攻めてくるかと思いきや、意外にも文字のみ。しかし、その文字は不器用ながらもとんがっていた。
[取材協力] コワーキングスナックCONTENTZ分室https://snack.contentz.jp石原たきび=取材・文