カップ酒という名の愉悦 Vol.6
巷にカップ酒専門の居酒屋が増加中だ。「ワンカップ」という通称でも親しまれているが、これはカップ酒の始祖である大関株式会社(兵庫県西宮市)の登録商標。正確には「カップ酒」ということになる。いつでもどこでも手軽にクイっと飲める極楽酒。当連載はその知られざる魅力に、無類の酒好きライター・石原たきびがほろ酔い気分で迫ろうというものだ。
この「37.5歳からの愉悦」シリーズでは、どうも浅草に呼ばれることが多い。「
HATCH」、「
窖」、「
相模屋本店」、「
NINJABAR」。おそらく、酔っ払いを引き寄せる地力がある街なのだ。
今回訪問したのは場外馬券売り場、WINDS浅草近くにある「まるごとにっぽん」。47都道府県のグルメや特産品が一同に会する商業施設だ。
向かったのは、その1階に入っている「蔵」。約2500点の地域の特産品のほか、約400種類の日本酒、ワイン、焼酎などが購入できる。目指すは、もちろん日本酒コーナー。バイヤーが元蔵人の女性なのだ。
冷蔵ケースには北は北海道、南は長崎まで、「味」「レア度」「地域性」などの厳しい視点で厳選した約30種類のカップ酒がずらりと並ぶ。
藤生さんは兵庫県出身。神戸のアパレル企業でOLをしていたが、利酒師で長野オリンピックを成功に導いたことでも知られるアメリカ人女性、セーラ・カミングスさんに憧れて神戸酒心館という酒蔵の門を叩く。「福寿」を造っている酒造だ。
「もともと、日本酒が大好きだったという事情もありました。7年間修行をしたのち、京都の藤岡酒造に転職。ここで初めて日本酒を造らせてもらったんです。昼は蔵、夜は祇園の日本酒バーというダブルワークでした」。(藤生さん、以下同)
本当はそのまま社員になりたかったが、縁あって「まるごとにっぽん」の立ち上げチームに合流したという。
いずれにせよ、自ら日本酒を造っていた人が選ぶカップ酒というのが今回のポイントとなる。
「しぼりたてを凍結させたカップ酒です。私が最初に勤めた蔵が考案した商品で、45年前に特許を取ったんですが、それが切れてからいろんな蔵が真似するようになりました」。
藤生さんは地域性という点で、「ゆるキャラ」ラベルにも注目している。
左の「たぬきワンカップ」は群馬・館林の分福酒造のもの。当地の青龍山茂林寺には、昔話にもなっている分福茶釜の伝説があるのだ。
「有名な画家の東郷青児の絵がプリントされたカップはレアですね」。
いろんなカップ酒のラベルを見ていて思うのは、いい意味で「ふざけた」もの多いということ。これなどは最たる例だ。
「あと、競馬のG1レースの日によく売れる商品もあります。『七冠馬』という島根のカップ酒なんですが、ここの蔵の娘さんがシンボリルドルフの馬主の家に嫁いだとのことで」。
お祭りも地域性をよく表すイベントで、岸和田の「だんじり」を入れたいがカップがないので泣く泣く300mlの瓶を置いているという。
なお、ここには焼酎カップコーナーもあった。写真左の「四六の権」(鹿児島)には焼酎が半分しか入っていないので不良品かと思行きや、消費者ファーストの思いやりがあった。
さらにテンションが上がるのが試飲システム。福寿の生酒と商品説明の札に青いシールが貼ってある瓶はすべて試飲できるのだ。
変装して何度も飲みに来たくなる美味しさだった。藤生さんが以前働いていた蔵のお酒だと思うとなおさら感慨深い。さて、そろそろ購入するカップ酒を決めよう。
まずは、全部飲んだうえで仕入れているという藤生さんが「味が一番好き」と言い切る「秋田カップ」の湯沢犬っこバージョン。今年が戌年なのでとくに人気だとか。
2本目は、今年の春で生産を中止するかもしれないという福寿の「神戸カップ」、3本目は後ろ姿も描かれているのがかわいい「ふっかちゃんカップ」にした。
締めて900円で得られる愉悦だ。
藤生さんは言っていた。
「ここで美味しいお酒を買うだけでなく、実際に各地に行ってもらうための足がかりを提供する店だと思っています。ぜひ一度来ていただいて、各地の酒文化、食文化に触れてみてください」。
取材・文/石原たきび
【取材協力】 まるごとにっぽん 蔵https://marugotonippon.com/kura/