カップ酒という名の愉悦 Vol.3
巷にカップ酒専門の居酒屋が増加中だ。「ワンカップ」という通称でも親しまれているが、これはカップ酒の始祖である大関株式会社(兵庫県西宮市)の登録商標。正確には「カップ酒」ということになる。いつでもどこでも手軽にクイっと飲めるカップ酒。当連載は、その知られざる魅力にほろ酔い気分で迫ろうというものだ。
本当に偶然の出会いだった。忘年会の会場に向かうために、浅草地下街を歩いていたときのこと。
地下街の開設は1955年。現存する地下商店街の中で日本最古といわれている激シブスポットだ。
改札口を出て、短い商店街を突っ切り、地上への階段を上ろうとしたとき、目に飛び込んできた。大量のカップ酒が。
カップ酒は単にディスプレイ上の演出かと思いきや、店のスタッフいわく「全部飲めますよ」。胸を躍らせながらその場は名刺だけを渡し、後日オーナーさんと取材交渉。難なくOKが出た。再び、浅草へ。
この店を運営しているのイーストインディア(東京・港区)という通信関連企業。応対してくれたのは、オーナーの宮地良平さんと執行役員の黒澤安人さん。ともに43歳で、高校の同級生コンビなのだ。
オープンは2017年9月。約300種類のカップ酒を置いている。ノーチャージで、カップ酒のお値段は500円〜1000円。もちろん、ビールやカクテルなども飲める。
ちなみに、二人は大学時代から現在に至るまで、「MICZOM」というインストバンドで活動している。
音源も送ってもらったので、これをBGMにして記事を読み進むと浅草の地下にトリップできます。
1杯目は何をいただこうかと思案していると、「ベルギー産の『忍者ラガー』なんていかがですか? 600円です」と黒澤さん。それにしましょう。
威勢のいい忍者がいた。
「2020年の東京オリンピックに向けて増加する外国人観光客に向けて何か事業を展開しようと思ったのがきっかけです。弊社が飲食店を手がけるのは初めてなんですが、まず物件探しに苦労しました」(黒澤さん、以下同)
上野や新橋などで探したが、2階や3階の物件ばかりで断念。そんな折にたまたまここの空き物件を見つけて即決した。駅と直結、天候に左右されないなどは好条件だったが、一方で、地下からあふれてくる水の処理などが大変だったという。
「外国人が抱く日本のイメージといえば忍者。そして、カップ酒といった具合にとんとん拍子にコンセプトも決まりました」
営業時間は12時から23時(火曜休)。全体の約4割が外国人客で、土日は昼から賑わうそうだ。
2杯目は国産のクラフトジンを使用した「忍者ウルトラジントニック」(800円)。上品な抹茶と繊細なジンの組み合わせが絶妙だ。しかし、半分ぐらい飲んで気付いた。カップ酒を飲まないと……。
黒澤さんに相談すると、「やはり浅草なので『浅草カップ』を飲んでみてくださいよ」。ああ、いいですねえ。お願いします。
しかし、忍者が狼狽している。仕入れを忘れていたらしい。「看板商品なので、常に30本単位で仕入れるように言ってあるんですけどね」と憤慨する黒澤さん。
「いえいえ、忍者さんセレクトのお酒をいただきますよ」と助け舟を出した。ほどなくして彼が持ってきたのは「来福」(900円)という茨城の純米酒。
さすが、世界一美味しい市販酒を決める審査会「SAKE COMPETITION」で優勝したこともある蔵のお酒だけあって、しみじみと美味しい。
女性スタッフの採用基準は外国語が堪能なこと。現在はこのような衣装を着ているが、「くノ一」スタイルの導入を検討中とのこと。
忍者が「こんなレアアイテムもありますよ。鬼太郎シリーズです」と見せてきた。
忍者は33歳。「このバイト以外は何をしてるの?」と聞いたが、「忍びの修行です」とキャラ設定を崩さない。「安倍政権についてどう思う?」という質問には、「もう少し忍者が暮らしやすい国にしてほしいですね」と返してきた。
模範解答に満足しつつ、お次は吉田類のカップ酒。
『吉田類の「今宵、ほろ酔い酒場で」』という映画の公開記念で作られたものだそうだ。中身は土佐鶴の純米で、お値段800円。高知県のアンテナショップでしか購入できない。
吉田類の世界に浸りながら地下街を眺めている時、ふと思い出した。以前、高円寺にあったベトナム料理の店がたしかここに移転したはずだ。「店名はなんだっけなあ」とつぶやくと、黒澤さんの指令が飛ぶ。「忍者、調べてきて」。
「『オーセンティック』です!」。息ひとつ切らさず、報告してくれた。そうだそうだ。忍者、Google Home感がある。
ここで、カナダ人のカップルがご来店。5分後、彼らはサムライになっていた。
酔いが回ってきたせいか、ピントが合っていない。さて、そろそろ締めの1杯といきますか。
外国人の中には、リアル忍者の存在を信じて疑わない人もいるそうだ。そんな人にとって、この店はヘタなテーマパークより楽しいだろう。もちろん、日本人の僕にとっても至福の時間だった。
カップ酒と忍者の余韻に浸りながら店を出る。徒歩30秒で改札口に着いた。
取材・文/石原たきび
【取材協力】NINJABAR(忍者場)
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