「ネオ角打ち」という名の愉悦 最終回
酒屋の店頭で飲むスタイルを「角打ち」と呼ぶ。「四角い升の角に口をつけて飲むから」「店の一角を仕切って立ち飲み席にするから」など名称の由来は諸説あるが、いずれにせよプロの酒飲みが集うイメージ。一般人には少々敷居が高い。しかし、最近では誰でも入りやすい新しいタイプの角打ちが続々と登場している。そんな「ネオ角打ち」の魅力に迫る連載です。
8回続いたネオ角打ち連載が、ついに最終回を迎える。ラストを飾るにふさわしい店を訪ねて築地場外市場に向かった。
「トリップアドバイザー」などの旅行口コミサイトで紹介されて以降、場内も場外も外国人だらけだ。
市場の一角に目指す角打ち「酒美土場」を発見。13時にして早くもお客さんの姿が見える。営業時間は10時〜15時(日祝休)という築地仕様で、金曜夜は不定期でバー営業も行う。
話を聞かせてくれたのは、神楽坂の有名フレンチレストラン「ラリアンス」のシェフソムリエなどを経て、現在はワインディレクターとして活躍する岩井穂純さん(39歳)。
オープンは2016年11月。扱っているお酒はワイン9割、日本酒1割だという。
「ワインのイチ押しは白ブドウを原料に赤ワインの製法で造られたオレンジワインです」(岩井さん、以下同)
オレンジワイン? 初めて聞くが、いわゆるナチュラルワインの一種らしい。プロがオススメするのならいただきましょう。
やはり、日本が気になる。
「こちらは山形産のデラウェアを使用し、ニュージーランド在住の日本人醸造家が清澄白河のフジマル醸造所とコラボして造ったオレンジワインです」
通常のワインにある“トゲ”のような引っかかりを感じない。ブドウジュースのようにごくごく飲めるが、表示を見るとアルコール度数は12%。お値段は1杯700円だ。
「オレンジワインは最近話題になり始めていますが、もともとはワイン発祥の地とされるグルジアで8000年前から飲まれていたもの。1周回って注目されつつあるわけですね」
とはいえ、今はまだ百貨店などのマニアックなコーナーでしか買えないそうだ。
ちなみに、日本中のオーガニックフードも取り揃えている。こちらの担当は干し野菜研究家として知られる廣田有希さんという女性だ。
「廣田とは以前から知り合いで、昨年までここにあった食器と料理道具を専門に扱う『常陸屋』の娘さん。その店が近くに移転することになったため、方向性を同じくする二人で『酒美土場』をオープンさせたんです」
小腹が空いたのでフードを注文した。ほどなくして運ばれてきたものがすごい。
最上から時計回りに、たくあん、赤かぶ漬け、豆腐の味噌漬け、オクラのピクルス、酒粕ディップ。すべて、廣田さんセレクトの逸品だ。
「漬物は飛騨高山の『よしま農園』が作る無添加のもの。廣田が足で探してきたんです」
ひと口食べると、おお、これはご飯がほしくなるやつだ。
「それなら、ちょっと行ったところにおにぎり屋さんがありますよ」
ご飯を求めてさっそく向かう。
たらこおにぎりを購入して素早く店に戻る。
「酒美土場」のおつまみと築地のフードとのマリアージュ。無限の選択肢が広がるパラダイスだ。
さて、オレンジワインの次は日本酒をいただこう。ラインナップは千葉県香取郡の蔵元、寺田本家の銘柄で固めているという。
右の五人娘(500円)は無農薬の米と蔵内に湧き出る水だけを原料に造られた純米酒。燗をつけるとおでんの出汁のような濃厚さになる。
一方で、左のパラダイ酒(700円)は天日干しした自然栽培米を使用した純米生原酒。米はわずか10%しか削らない。パイナップルジュースというかエナジードリンクというか、日本酒の概念を覆す至福の味だった。
浮かれて飲んでいるうちに、気付けば閉店時刻の15時が迫っている。渓流釣りが趣味だという岩井さんに最後の質問をした。釣りとワインの共通点は何ですか?
「魚もワインもその土地の味がしないと意味がないと思うんです。そういう意味で魚は天然もの、ワインはナチュラルに惹かれますね」
無茶振りとも思えるお題に完璧な正解を出してきた。ごちそうさまでした。築地の喧騒をBGMに、また飲みに行きます。
取材・文/石原たきび