食肉市場の社会科見学の後は、武蔵小山のもつ焼きの名店「牛太郎」へ
元サッカー日本代表の都並敏史さんとの「
もつ焼き社会科見学」。品川の食肉市場で解体作業や食肉の歴史を学んだ後、私たちは満を持して武蔵小山のもつ焼きの名店「牛太郎」に入店した。
再開発で飲み屋街の多くが閉店・移転してしまった武蔵小山だが、昔の面影を残したまま営業しているもつ焼き屋が「牛太郎」である。平日は14時30分から開店し、早くからご常連がお酒ともつ焼きに舌鼓を打っている。
まずは瓶ビールで乾杯。焼きものは「とんちゃん」(120円)と「シロ」(1本100円)を注文。
「シロは必ず頼みますね。ネタがデカい店もあるので、いきなり何本も頼むのではなく少量で注文します」。
都並さんの“もつ焼きの流儀”は続く。
「お店はなるべく開店と同時に行きたい。そのために、何日も前から予定を調整します。月に1度の楽しみですから」。
私もできるだけ開店時間に行くようにしているのだが、遅い時間になると希少部位が品切れになってしまうことも多く、楽しみが半減してしまうのだ。もつ焼き店の開店時間は16時や17時のところが多いので、サラリーマン時代は苦労したものだ。
「店がいい客と思える客になれ」「お客がお店を守る」という教訓
もつ焼き屋の名店には、その店独自のルールがある。私が都並さんと出会ったお店は、大将に直接注文するのはNGで、白い紙に自分でネタと味付けと本数を書かなければならない。初めて入店したときにはそのルールを知らず、見よう見まねで注文したものだ。そういったことで、もつ焼き屋の敷居を高く感じてしまう人も多いのではないか。
「初めての店に飛び込むのは緊張しますよ。だから周囲をよく観察します。大将や常連客の動きを見て、どうすべきかを判断します。そういう意味では、サッカーでのサイドバック経験が生かされているのかも(笑)」。
確かに、もつ焼き屋にはある種の“緊張”がある。
「父から教えられたのは『店がいい客と思える客になれ』ということ。そのためには、お店へのリスペクトが必要だと思います」。
最近は「お客様は神様」の意味を勘違いして、店員に横暴な態度を奮う人も多く、ある調査では約7割の店員やスタッフが客からの迷惑行為を受けているという。そういった奴らに言いたい。まずはもつ焼き屋の暖簾をくぐれ。そしてその流儀を学べ、と。
都並さんがつぶやく。「お客がお店を守るんですよ」。渋い。これこそが、大人の嗜みというものではないか。
もつ焼き屋は、単に安く酒が飲めるだけじゃない。極めれば見えてくる愉悦とは?
瓶ビールからお酒はホッピーに切り替わった。大将がホッピーの瓶と一緒に液体の入ったコップを差し出し「これ水だから」といたずらそうに微笑む。当然中身は焼酎なのだが、周りにいたご常連含めて笑いが起きる。こんなやりとりも、もつ焼き屋の大人の嗜みのひとつである。
「大人の嗜みを教わったのは、松木安太郎さん。僕の大師匠です。3つ年上なんですが、お酒も車も歌も、全部教わった。とにかくオールマイティかつプロフェッショナルなんです」。
今の若い世代が知るお茶目な松木さんのイメージは、作られたものだったのか。ホッピーが進むにつれ、都並さんのこだわりのルーツが見えてきた。
「僕にはこだわっていることは3つしかない。サッカー、クルマ、B級グルメです。そして、それをとことん極めるんです。そうすれば人に勝てる。サッカーも南米。ヨーロッパに詳しい人はいっぱいいるけど、南米を極めている人は少ない。B級グルメも、とことん極めるべく情熱を持ってお店に通っていますからね」。
そうこうするうちにご常連の女性から、「都並さあん、大将と一緒に3人で写真撮ってくださいよぉ」との声が。大将も照れ臭そうにしながら、お店の外に出てくる。そして3人でパシャリ。もつ焼き店での出会いは、不思議なくらい人と人との心の距離を縮めてくれる。
もつ焼きという名の愉悦、それは「お店をリスペクトすること」。その上で「大人を愉しむこと」。単に安く酒が飲めるだけじゃない――そう都並さんは教えてくれたように、私は思うのだった。
都並敏史
1961年東京生まれ。1980年に現在の東京ヴェルディの前身である読売クラブに所属。19歳で日本代表に選出され、10数年間に渡り主力メンバーとして日本代表チームを牽引した。現在は、サッカー解説者やブリオベッカ浦安のテクニカルディレクターとして活躍。日刊ゲンダイで『安旨サイドバック』を連載していたほどのB級グルメ好きでもある。
取材・文/藤井大輔
【取材協力】
牛太郎
住所:東京都品川区小山4-3-13
営業時間:14:30~20:00(月〜金)、12:00~20:00(土・祝)
定休日:日曜