年齢を重ねると、新しく何かを身に着けることが億劫になってくる。しかし、好奇心を失えば、視野や可能性は広がらない。あえて未知なるジャンルに挑むことは、人生をより豊かなものにしてくれるはずだ。そこで、目を付けたいのが「資格」。オッサンの日常に彩りや潤いを与え、さらには将来にも役立つ。“新境地”を切り拓く、資格の世界を覗いてみよう。
海は、いつの時代も冒険心を駆り立てる。昭和の大スター・石原裕次郎はヨットマンとしても名を馳せたし、いま日本で一番人気がある漫画は海賊モノである。
そんな、ロマンあふれる大海への扉を開いてくれるのが「小型船舶操縦士免許」。『二級』と『一級』があり、ともに総重量20トン未満の船舶を操縦することができる。
前編では、その概要や免許取得への道のり、取得後の楽しみについて紹介した。後編となる今回は、実際に海で行われる「実技講習」を体験することにしよう。
本日晴天ナリ! いざ、航海へ
今回ご協力いただいたのは、東京湾をフィールドにした小型船舶免許の講習、レンタルボートの貸し出し・販売などを行う浦安マリーナ マリンサポート。スクールで講師も務めるスタッフの村川直己さんとともに、海での実地訓練に臨む。なお、村川さん自身も一級小型船舶免許の保持者。ドラマ『ビーチボーイズ』に魅せられ、海の仕事を志したそうだ。
天候は快晴、シケもない。絶好の航海日和である。
さっそく乗り込む。今回の船は実際の講習で使われる「ポーナム26LⅡ」(重量3.8トン)。トヨタ製だという。
なお、エンジンは「ハイエースと同じものを使っています」(村川さん)とのこと。それは頼もしい。
自動車免許の講習と同じく、まずは出発前の安全確認。これを怠ると、大きなマイナス。いかに操船技術が優れていても、やるべきことをやらないとアウトなのだという。
「ゆっくりとでもいいから安全な操行ができるかが問われます。講習や本番の試験は三人一組でやるのですが、他の人にいいところを見せようなんて調子に乗っている人は、だいたい落ちますね」(村川さん)
了解。調子に乗りません、ゼッタイ。
小型船舶は主に、左手のレバーでアクセル、右手のハンドルで舵を取る。自動車と違い、足は一切使わない。レバーを前方に倒すと直進、手前に引くとバックと、操作自体はシンプルだ。
「一人当たりの実技時間は15分程度ですが、それだけでも基本的な操作は身に付きますね」(村川さん)
実際にやってみても、まあ確かに簡単だ。思わず調子に乗りかける僕に、村川キャプテンはこう釘をさす。
「でも、慢心してはいけません。海には危険がいっぱいですから」
「海って目印となるものがないから距離感を掴みづらいんですよ。すごく遠くにいると思った船が、気づけば至近距離まで接近してきていたりする。常に神経を研ぎ澄ませて集中していないと、事故が起こりますね」(村川さん)
ロードサービスが充実している陸路と違い、海での事故は救助がいつ来てくれるか読めない。陸路以上に、事故を未然に防ぐ心構えが必要なのだ。
講習では「前進」「バック」、さらには「右旋回」「左旋回」など基本的な操作を一通り体験。けっこうな角度まで船体を傾けての急旋回は、最初は少し怖いが慣れると爽快だ。
さて、気づけば随分と沖に出てしまった。冒険だ、ロマンだなどと言っていたわりに、大海原にぽつんと漂っていると途端に不安になってくる。
「東京湾内であれば、必ずどこかに目印となるものがうっすらと見えます。たとえば……あそこに三角形の塔が見えるでしょう」
あれは東京アクアラインの換気施設「風の塔」。川崎市川崎区浮島の沖合5kmにあり、出発地の浦安マリーナを起点に210度の角度に位置しているという。
「こうした方位と目印を参考にすれば、自分が今どの方角に向かっているかが分かります。これを知っていれば、東京湾内5海里の範囲内なら帰路を見失うことはないはずです」(村川さん)
標識も案内板もない自由な海。しかし、自由だからこそ、気づけば危険な領域に踏み込んでしまうこともある。実技講習は単に操船の技術を身に着けるだけでなく、学科で覚えた「無事に帰還するための航海術」を身体に叩き込む場でもあるのだ。
最後は一番難しいという着岸。無理にギリギリまで寄せようとせず、慎重に、ある程度の余裕を持たせて停めるといいそうだ
というわけで、あっという間に約1時間の講習は終了した。そのうち、実際に筆者が舵をとったのはほんの5分程度だったが、それでもロマンの片鱗は味わえた。自動車、バイク、その他、地上のどの乗り物にもないワクワク、爽快感。一回体験すると、やみつきになってしまう人が多いというのも頷ける。
かくも魅力的な小型船舶免許。退屈なオッサンの休日に、大いなる刺激をもたらしてくれることだろう。
取材・文/榎並紀行(やじろべえ)
【取材協力】 浦安マリーナマリンサポートhttp://www.marine-support.jp/index.html