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そこに描かれている日本人の姿は、現代の私たちにとって驚くべきものではないだろうか。本書では、ナイトが設立した会社ブルーリボンに買収を仕掛けるのも、訴訟をふっかけるのも実は日本人である。さらに、「みんな数字ばかりに気を取られすぎる」と看破し、財務諸表ではなく起業家を見て投資を行うのも日本人だった。
本書を手に取られた方には、1960年代、1970年代の日本人がどんなにハングリーであったかを感じていただきたい。本書のレイアウトは、全ページに西暦の記載があるところもユニークである。そして、現在のナイキ社製の靴がなぜ日本製でないのかも、この産業史の中に答えが見つかるだろう。

ナイキ創業者からのメッセージ

物語後半では「起業大国アメリカ」を想像する読者に、ナイトは「アメリカは起業のユートピアではない」とし、「出る杭をたたきたがる」と吐露する。そして富と名声を手に入れたナイトは、自らが得たものと失った大きなものについて率直に語る。はたしてナイトの父は彼を認めることになったのか? その理由とは?
ナイトが描く家族の情景にシンパシーを感じる起業家も多いのではないか。また、家族との関係に心を悩ますビジネスパーソンの方々には胸に迫るものがあるだろう。ナイトがある映画館で映画を見終わったときに、ビル・ゲイツとウォーレン・バフェットに偶然出会うシーンがある。地球を代表する億万長者3人が何の映画を見たのか。ぜひ、本書で確認してほしい。
本書は田舎町の陸上トラックを走っていた青年による起業と家族、ビジネスと人生の物語である。そして、「かつては」ベンチャーキャピタルであり、イノベーターであった日本企業の物語である。成功者となったナイトに米国の大学生たちが尋ねる。「アメリカはどこに向かっているのでしょうか? 社会は、子どもたちの未来にとって悪い方向に向かっているのでしょうか?」と。
ナイトは答える。(そう聞かれたときに)「私が話すのは、1962年に見た荒廃した日本だ。がれきや廃墟から(あのような)賢い人間が生まれたのだ」と。本書を世界でいちばん読むべきなのは、ナイキのシューズを履いて2017年の今を生きる私たち日本人なのかもしれない。
著者:塩野 誠(経営共創基盤 取締役マネージングディレクター)
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記事提供:東洋経済ONLINE


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