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本書の主人公であるフィル・ナイトは、オレゴン大学で陸上競技にのめり込んだ後、スタンフォード大学ビジネススクールを卒業。アメリカ陸軍での経験を経て、24歳にして人生の意味を考える。自分は何をしたいのか? どのような人生を生きたいのか? 成功とは何なのか? と。
フィル・ナイト
世界最高のスポーツ用品メーカー、ナイキの創業者。1938年生まれ。1962年、オレゴンの「ブルーリボン・スポーツ」社の代表として日本のシューズ・メーカーであるオニツカを訪れ、同社の靴をアメリカで売るビジネスを始める。その後独自ブランドの「ナイキ」を立ち上げ、社名もナイキと変更。創業メンバーたちとともに、スポーツ用品界の巨人、アディダスとプーマをしのぐ企業へと同社を育て上げる(写真:AP/アフロ)
ナイトはスタンフォード大時代の授業をきっかけに、戦後の焼け野原から立ち上がり、市場に参入しはじめた日本の技術力、生産力に注目する。大学時代にランナーだった彼は、日本製のランニングシューズに可能性を感じ、起業を決意する。日本から届いた見本のシューズを箱から出したナイトは、「なんと美しいのだろう」と「聖なるものであるかのように」それを抱きしめる。
むろん、起業につきものの困難が次々とナイトを襲う。ナイトは初めて日本を訪れた際、まだ設立もしていない会社をでっち上げたり、旅費がないのにカリフォルニアで靴を売るべく、軍服を着込んで空軍機に乗って靴を運んだりして、困難をなんとか切り抜けていく。
本書は1960年代の米国における起業の物語であるが、それを彩る多種多様な登場人物たちの描写も面白い。ナイトを取り巻くのは厳格で世間体を気にする父であり、陸上への強い思いを心に秘める強い母である。父は靴を売る起業など「マヌケな行為」だと叱る。一方、母は小銭入れから7ドルを取り出して息子の売る日本製の靴を買い、それを履いてキッチンに立つ。
若きナイトにとって大学時代の陸上部の指導者であり、「孤高の存在」であった伝説のコーチ、ビル・バウワーマンも、そのシューズに魅了され、ナイトのビジネスパートナーとなる。さらに、事業拡大のために集めた者たち、ナイトの言うところの「体の不自由な男がひとり、病的に太った男がふたり、ヘビースモーカーがひとり」が献身的に働き、創生期のナイキを急成長させていく。

ナイキと日本企業の深い関係

なかでも日本の読者の興味をひくのは、ナイトのビジネスにさまざまな局面でかかわってくる日本企業、「オニツカ」や「日商岩井」だろう。オニツカ(後のアシックス)創業者であるオニツカ氏は、自らのもとを訪ねてきたナイトに、「世界中の誰もがアスレチックシューズを日常的に履いている。その日が来る」と伝える。
本書によると、オニツカ氏は戦後の焼け跡で、仏壇のろうそくのろうを自分の足に垂らして靴型をつくり会社を興した人物だそうだ。ナイトは『日本人とビジネスをする方法』というノウハウ本をポケットに潜ませて日本企業と交渉を進めるが、あらゆるものに美意識を見いだす日本人の姿勢を愛するようになる。日本のビジネスパーソンにとっては、米国人起業家から見た、戦後から現代までの日本の産業史とも読むことができよう。


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