大人がこだわる飲み物の筆頭格にお酒を挙げたとしたら、いささかもったいないことだ。たしかにウィスキーやワイン、日本酒など、アルコールにはこだわるべき歴史と深みがある。だが、健康をさほど害さずに平日から休日まで楽しめ、アルコールほど“行動”を制限しない選択肢がある。それは、コーヒーだ。高いコストパフォーマンスと、自ら味わいを追求する喜びも備える。さあ、酒神バッカスにしばしの別れを告げたなら、めくるめくコクと香ばしさの旅に出かけてみよう。
コーヒーの味わいとは何か? 苦みや濃さといった誰でも分かるレベルから、香りとコク、深み、さらには酸味など、ワインさながらの表現までを持つコーヒーの世界。さらに産地を意味する“テロワール”が、味わいの決定的な決め手になるという。自宅でコーヒーを淹れるならぜひとも知っておきたい味わいの秘密。今回は、オニバスコーヒーなど都内4つのコーヒー店のオーナーをつとめ、腕利きのロースターとしても知られる坂尾篤史さんに、コーヒーの味わいを決める様々な要素について教えを請うことにした。
コーヒーの味わいは“産地”で決まる!
古くは貴族が嗜む希少品として珍重されたコーヒー豆だが、実はおもに3種類しかないことはあまり知られていない事実だろう。世界の流通量の約6割を占め、酸味と香りの良さが特徴の「アラビカ種」、強い苦みと渋みの「ロブスタ種」、流通量のわずか1%程度という希少性で、甘みとスパイシー感が特徴の「リベリカ種」があるらしい。そのうえで、コーヒーの味わいを決めるのは、先述の“テロワール”なのだとか。
「産地によって味わいは変わってきます。当然豆にも寄りますが、同じ豆でもアフリカの方が酸味の質が華やかです。ケニアはレモン、エチオピアはジャスミンやピーチのような。コロンビアやブラジル、グアテマラ、ホンジュラス、コスタリカなどの南米や中米だとりんごやストーンフルーツ、プラムのようなシンプルでわかりやすい印象になります。ちなみに日本の小笠原などでもあり、あっさりとした味わいですね」
コーヒーの味わいは苦みとコク……というイメージが先行していただけに、香りや酸味とは驚き。いやはやワインのようだ。
「そうなんです。ワイン同様に土地の味わい、作り手のこだわりが味に出ますから、それぞれがちょっとずつ違いますよ」
水はもちろん、カップひとつでも味わいは変わるもの
そのうえでいざ淹れるにあたっては、水選びも味わいを決める大切な要素だという。
坂尾さんによると、オススメは軟水。硬度30〜100くらいの弱酸性の軟水がいいとか。硬水だと味わいが堅くなるらしい。その点、日本の水道水や国産ミネラルウォーターは軟水なので、世界的に見ても恵まれているのかもしれない。
「もちろん、水道水より浄水器を通した水や市販のミネラルウォーターがいいですよ」
かくして“素材”については、さまざまな組み合わせを試してみるといいという。特に豆選びに関しては、コーヒーの味わいのベース。いろんな豆を買ってきて試すのもいいが、コツはさまざまなお店で飲んでみること。杯を重ねていくうちに善し悪しがわかり、さらには自分の好みもわかってくるのだとか。
「コーヒーを淹れるときは、“自己流”を突き詰めていくといいですよ。焙煎の時間やコーヒーの色を徹底的に追求できるアプリもいろいろ出ています。奥が深いですね」
さらに忘れちゃいけないのが、器へのこだわり。当然世の中にはマグカップからカップ&ソーサー、ティースプーンなどなど、数多ある。
「飲み口の形状ひとつ取っても、味わいが変わる大切な要素です。うちでもイイホシユミコさんという方が手がける『リイラボ』シリーズというカップの別注をご用意しています。イラボという韓国の釉薬をつかっていて、独特のやわらかい風合いが特徴です。手触りや雰囲気などもさまざまですから、コーヒーの味わいとともに自分だけのセッティングを追求してほしいですね」
コーヒーは社会との接点! 作り手のこだわり、生活にも目を向けよう
さて、「コーヒーの味ばかりに着目するのももったいない」と坂尾さんはいう。
作り手そのものに対しても、積極的に目を向けるべきだとか。
「コーヒーは途上国で作られます。農家さんの生活に貢献できるスペシャリティコーヒーを買うことで、社会貢献に繋がるんですね。僕たちが使っているスペシャルティコーヒーは、環境に優しくトレーサビリティ(流通経路)が明確なことも特長です。ここに至るまでの軌跡に思いを馳せながら、自分だけの一杯を楽しんでみてください」
生産者の顔や産地が明確で安全性の高いスペシャリティコーヒーに対し、その対極に位置するのがコモディティコーヒー。後者はコンビニなどで売られているもので、生産農家などが不明確であることが多いのだとか。
「うちでは毎年春に現地に赴き、生産者さんから直接買い付けを行っていますよ」
取材中、さっそく麻袋に入ったエチオピア産のコーヒー豆が届いた。そしてこの日の1週間後には、ルワンダに買い付けに行くのだとか!
坂尾さんのように実際に世界を巡る…… というのは極めてハードルが高いが、たとえ自宅でも、コーヒーのこだわりは果てしなく追求できそうだ。その反面、いろいろ試してもそこまでお金が掛からないというのもうれしい。ワインなどに比べて、お手軽にいろいろ試せるという点では、財布にも優しい趣味であると言えるだろう。
■教えてくれた人
坂尾篤史さん
1983年生まれ。オーストラリアでカフェの魅力に取りつかれ、帰国後バリスタ世界チャンピオンの店でコーヒーの修業。2012年、奥沢にオニバスコーヒーをオープン。トレーニングやワークショップなど行いながらコーヒー農園にも積極的に訪れる。14年、渋谷に『ABOUT LIFE COFFEE BREWERS』をオープン。15年「RATIO coffee & cycle」、16年にオープンし、今回訪れたオニバスコーヒー中目黒店は、駅からほど近い大人の止まり木だ。
[店舗情報]オニバスコーヒー 中目黒店住所:東京都目黒区上目黒2-14-1 電話:03-6412-8683 営業時間:9:00〜18:00(不定休)www.onibuscoffee.com ■緊急告知!坂尾さん直伝! 「オーシャンズ」読者向けワークショップを5月28日(日)に開催!!※募集は終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。美味しいコーヒーについてより詳しく知りたいなら、坂尾さんに直接教えを請うべし! というわけで5月28日(日)に、「オーシャンズ」読者に向けたでワークショップを開催(午前・午後の2回実施予定)。美味しいコーヒーを淹れるポイントを映像&レクチャーで、さらに飲み比べとハンドドリップを実践することで、週末を楽しむ大人のコーヒーマスターへ一歩近づけるかも⁉︎ 「オーシャンズ」定期購読者なら、なんと無料で参加エントリー可能だ!日時:5月28日(日) ①午前の部 10:00〜12:00(09:30受付開始) ②午後の部 13:00〜15:00(12:30受付開始) 場所:オニバス コーヒー 中目黒店 〒153-0051 東京都目黒区上目黒2−14−1取材・文=吉州正行
撮影=小島マサヒロ
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