37.5歳の人生スナップ Vol.151
2021.05.30
LIFE STYLE

東京五輪延期を機に引退したアスリートが今、ビジネスの世界で始めた挑戦

「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

2007年、トランポリン競技の世界選手権で優勝し、2008年には北京オリンピックで4位入賞。その後も五輪への出場を目指して活動してきたが、東京五輪の延期が発表された2020年、現役引退を決めた外村哲也さん。

外村さんのアスリートとしての活躍と葛藤を紹介した前編に続き、今回は引退後に始めて新たな挑戦について聞く。

 

引退後のセカンドキャリアを模索

引退を決め、発表したのは2020年6月。意外にも、現役引退への未練や悔しさはほとんどなかったという。むしろ制約の多いトップアスリートの生活から解放されて「少しほっとした部分もあった」そうだが、休む間もなくセカンドキャリアのための一歩を踏み出した。

頭の中には、既にビジネスプランがあった。

「スポーツ界にとどまらず、世間一般を対象にビジネスしようとしたとき、僕が皆さんに提供できるものは何か。どう考えてもトランポリン向きではないメンタルの持ち主にもかかわらず、スランプを何度も乗り越えて世界一になれたことだと思ったんです。

人はそれぞれに目標を持ち、実現するために努力をしたり、壁にぶち当たったりしながら生きています。僕にはいくつもの壁を乗り越えてきたという自負がある。自分の『壁を乗り越える方法』そのものには汎用性がないかもしれないけれど、『乗り越える方法の見つけ方』なら、誰にでも真似してもらうことができるんじゃないか、と」。

現役時代、世界のトップ選手としのぎを削っていた外村さん。写真:本人提供

外村さんが小学生で初めてスランプに陥ったとき、それを乗り越える方法や、方法の見つけ方を教えてくれる人は周りにいなかった。

個人の悩みや要望にしっかり耳を傾け、乗り越える方法を一緒に考えてくれる誰か。かつての自分が切望した人に、外村さんはなりたかった。

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アスリートのメンタルの鍛え方を応用

ある日、ビジネスコーチングの存在を知った。ビジネスコーチングとは、対話を重ねることを通して、クライアントが目標達成に必要なスキルや知識、考え方を備え、行動することを支援するプロセスのこと。

ここ数年、ビジネス界で急速に注目が高まり、多くの企業が社員教育にコーチングを導入している。ヤフー株式会社の成長を支えているとされる有名な「1on1ミーティング」も、広義のコーチングと言っていいだろう。

カウンセリングともコンサルティングとも違い、質問や傾聴によって相手が目標達成するための気付きや行動変容を引き出すコーチングは、まさに外村さんがやりたかったことそのもの。注目されているぶん有象無象が参入している分野でもあったが、自分は10代の頃からセルフコーチングをしてきた自信がある。

「これだ、と思ってコーチングについて調べたところ、認知度が高いだけあり、既に理論が体系化されていました。それはありがたかったですね。コーチングについて学べるスクールもあったので、引退してすぐに通いました。

ライバルも多いし、簡単にうまくいくビジネスだとは思っていませんが、世界一を経験したコーチはほかにあまりいないだろうと(笑)。僕が実践してきた好きなことを突き詰める姿勢、困難に対する解決策の見つけ方などを伝え、あらゆる業種・職種で働く人たちをサポートしていきたいです」。

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いつかはスポーツ界への恩返しを

コロナ禍で人に会えない状況も、外村さんの素早い事業開始を後押しした。PC用の大きなモニターやウェブカメラを買い揃えると、引退から2カ月後の8月に起業。

現在は基本的にオンラインで、“しなやかメンタルクリエイター”としてパーソナルコーチングを行っている。

「今はまだ手が回りませんが、ゆくゆくはアスリート向けのコーチングもやりたいと思っています。コーチングだけでなく、スポーツやトランポリンがより発展していくために、いろいろなかたちで貢献できれば。いわばスポーツ界への恩返しですね」。

そう言いつつ、既にスポーツ関連ビジネスへ向けても動き出している。誰もがトランポリンで遊べる施設「トランポリンパーク」の運営もやりたいことのひとつなのだという。

「いろいろな施設へ遊びに行かせてもらっているのですが、トランポリンパークって本当に楽しいんですよ。トランポリンの楽しさをより多くの人に知ってもらうには、こういった施設の拡充が不可欠。コロナ禍でも客足は落ちていないようなので、タイミングを見て本腰を入れて検討したいと思っています」。

さらに、一般社団法人日本舞踊スポーツ科学協会や美活整体サロンのアンバサダーを務めるなど、精力的に活動する外村さん。これまでトランポリンへ全力投球してきたエネルギーを、引退後はビジネスにすべて注いでいるので、いわゆる「心にぽっかり穴が開いたような」状態とは無縁。寝る間もないほど忙しいのだそうだ。

2028年、ビジネスで世界の舞台に立つ

今年、東京五輪が開催されようがされまいが、その次のオリンピックが開催されるのは2024年。今、ユニフォームではなくビジネススーツに身を包む外村さんは、2024年に向けてどんな目標を設定しているのだろうか。

「この1、2年でコーチング事業をしっかり軌道に乗せて、2024年には仲間を増やしたいですね。というのも、オリンピックの開催年には、アスリートの引退者が続出するんです。僕はアスリートほどビジネスコーチに向いている人はいないと思っているので、元アスリートの優秀なコーチを集めて、チームを組んで活動していければ。

それから、トランポリンパークもオープンしていたいですね。2024年には国内に1店舗か2店舗、オリンピアン的にその次の節目は2028年なので、その頃には海外での展開も視野に入れたい。長年トランポリンをやっていたおかげで、世界中のトランポリン選手と繋がりがあるので、決して実現不可能な夢ではないと思っています」。

写真:本人提供

かつてアスリートとして世界の舞台で飛び跳ねていた外村さんは、また違ったかたちで世界に出ていく日を夢見ている。トランポリンで世界一になるよりは、ずっと簡単なことなのかもしれない。

外村哲也(そとむらてつや)●1984年、東京都生まれ。幼少期から体操に慣れ親しみ、6歳のときトランポリン競技に出会う。10歳で本格的にトランポリンに転向すると、2003年にはシニアの世界選手権に初出場。2005年の世界選手権では日本史上初の全種目メダル獲得、2007年には世界選手権初優勝を飾った。2008年の北京オリンピックに出場し、4位入賞。以降、2020年6月の現役引退まで、日本代表として第一線で活躍を続けた。現役引退後は、1対1のコーチングで人をサポートする「しなやかメンタルクリエイター」として活動をスタート。18年もの間、アスリートとして世界のトップクラスを維持してきた経験をスポーツ以外の世界にも応用してもらうべく、「しなやかなメンタル」を構築し、試練を乗り越え目標を達成するサポートをしている。

「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

赤澤昂宥=写真 岸良ゆか=取材・文

# 37.5歳の人生スナップ# オリンピック# メンタルクリエイター# 東京五輪
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