37.5歳の人生スナップ Vol.87
2019.09.30
LIFE STYLE

「いちばんのファンは自分」。バスケと心中すると決めた麒麟・田村の真っ直ぐな生き様

今から約10年前、貧乏エピソードをドラマチックに綴った自伝『ホームレス中学生』で人気を得たものの、その後は仕事が激減。芸能界の激しいアップダウンを経験した田村 裕さん(40歳)。露出が増えたことで観客から罵声を浴びせられたり、芸人仲間からやっかみを受けたりと、心が沈むときもあったという。

「こんな思いをするのはお金を持ってしまったからだ、もう早くお金なんてなくなれと思って、ガンガン使いました。それがまた『印税で豪遊』とかメディアに書かれてしまうんですが……。お金がなくなったあとはバイトをしていた時期もありましたが、不思議とそこまで辛くはなかったですね」。

そしてこの時期に出合ったのが、現在、田村さんが最も力を注ぐもののひとつ「バスケ」である。

 

「バスケと心中しよう」

時間に余裕ができたことで学生時代に夢中になったバスケ観戦を始めたという田村さん。しかし、芸人の先輩にはある忠告をされていた。

「芸人の仕事にもスポーツ枠ってあるんですけど、ぶっちゃけると『仕事が欲しいなら、野球、サッカー、競馬の3つのどれかにしとけ』って先輩に言われたんです。『バスケじゃ仕事に繫がらん』と」。

まだバスケの国内リーグ『Bリーグ』も発足していない10年前、日本バスケットボールの未来はまだまだ発展途上で現在のような人気にはほど遠かった。

「先輩は僕のためを思って忠告してくれたんです。でも、たとえ仕事にならなくても僕はバスケがよかった。元がアホなんで、興味ないことはできない。もう腹くくって『バスケと心中しよう』と思いました」。

そこまでバスケにこだわるのには、何か理由があったのだろうか。

「中学時代、バスケが大好きだった僕にお兄ちゃんがマイケル・ジョーダンのTシャツを2枚プレゼントしてくれたんですよ。そのときはわからなかったけど、貧乏で、まだ大学生だった兄ちゃんがお小遣いをはたいて安くはないTシャツを買ってくれた。高校時代も働こうとする僕に『家のことは俺がなんとかするから、バスケだけは3年間続けてくれ』と言ってくれた。だから僕はずっとバスケができたんです」。

兄が時間やお金を犠牲にしても与えてくれた『バスケットボール』は、田村さんの人生のかけがえのないもののひとつとなった。だからこそ、バスケで恩返しがしたい。そうして約10年。バスケ情報を発信し続ける稀有な芸人として、バスケ関連の仕事が急増し、YouTubeチャンネルも開設。バスケファンからも支持を集めるようになった。

ユーチューブのスクリーンショット
YouTubeチャンネル「麒麟田村のバスケでバババーン!」。バスケに特化したチャンネルで同名のTwitterアカウントでも発信を続けている。

「普段は電車乗ってようが街歩いてようが誰からも声をかけられないのに、バスケ会場でだけは僕すごい人気があるんですよ(笑)」。

それはバスケ界が今のような盛り上がりを見せるずっと前から、田村さんがひたむきに向き合ってきた証だろう。

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自分だけは自分のファンで

とはいえ、もちろん本業であるお笑いをおろそかにする気持ちはまったくない。お笑いが好きという気持ちがなくなることはないし、相方である川島さんとも舞台に立ち続けたいという。

「お笑い界には、面白い、勝てへんなって人がいっぱいいます。笑いに変えるアクセルを思いっきり踏める人というか。たとえばロケで素人の人をいじる場面があっても、僕は『ツッコンでこの人が傷ついたらどうしよう』と思ってしまう。噛んだ人に『噛んでるやん!』ってツッコむところも『僕も噛むし大丈夫』って言ってしまう。まあ、つまり……根が優しいんです(笑)」。

そんな自分を歯がゆく思う時期もあった。周囲と比較して、“らしくない笑い”に取り組んだ時期もある。

「でも、ほんとに最近なんですけど、『僕にしか出せない優しいロケ』でもいいのかなって(笑)。僕は僕だし、ほかの芸人とは違う。むりに強くツッコむ必要もないと思えるようになりました」。

田村

そんな穏やかな心の変化と自信は、いったいどこから湧き出るようになったのだろう。そう尋ねると田村さんは少し黙ったあと、「自分だけは、自分のファンでいてあげようかなと思って」と笑った。

「芸人ってファンがつくじゃないですか。すごく大事な存在なんだけど、いちばん応援して期待してあげるファンは、自分自身じゃないといけないなって思うんです。だって自分が好きじゃなければ、自信をもって人にも薦められないし」。

それは自身の「好き」を10年発信し続けたからこその気づきかもしれなかった。ファンはいつか離れていくし、別の芸人に好きが移ることもある。それはごく自然なことで誰にも止められない。でもなにがあっても自分だけはファンでいることを諦めないでいたい。

芸能界の酸いも甘いも経験し、やっと自分らしい仕事を掴めるようになったいま、「40歳にしてスタートラインに立っている気分だ」と田村さんは言う。

「お金とか、いろいろなものがゼロになって、バスケという僕らしい方向性も見えてきた。足腰が鍛えられてきているなという実感があるんです。あとはもう進むだけかなと」。

最近は自身の趣味のひとつでもあるファッション業界にも興味があると目を輝かせる。

お笑いライブの合間に行われた今回の取材。楽屋から川島さんと共に、舞台に向かうその足取りは、確かな自信に溢れていた。

 

藤野ゆり(清談社)=取材・文 澤田聖司=写真

 

【関連リンク】
YouTubeチャンネル「麒麟・田村のバスケでバババーン!」

# 37.5歳の人生スナップ# バスケットボール# 田村裕# 麒麟
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