偏愛スニーカー三番勝負 Vol.14
2020.10.31
FASHION

NBA好きパフォーマー、山下健二郎が愛してやまないスニーカー3選

「偏愛スニーカー三番勝負」とは……

我々日本人には別世界とばかり思っていた世界最高峰のプロバスケットボールリーグ、NBA。そこでまさか、日本人がドラフト一巡目に指名される日が来ようとは……。

しかし、スニーカー世代からしてみたらNBAは常に身近な存在だった。マイケル・ジョーダンを筆頭に、あらゆるスター選手が履くシグネチャーモデルを、そりゃもう羨望の眼差しで見つめていたものである。

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー、山下健二郎さんもそのひとりだ。

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー、山下健二郎さんがスニーカーを語る
山下健二郎●5月24日生まれ。京都府出身。三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー。アーティストとしての活動に加え、映画やドラマにも出演。朝の情報番組「ZIP!」の火曜パーソナリティも務めるなど活躍のフィールドは多岐にわたる。また、釣りやDIYにも精通する趣味人としても知られる。書籍『山下健二郎を作った50のこと。』Vol.③が絶賛発売中。また、映画『八王子ゾンビーズ』(Blu-Ray&DVD)が11月4日(水)発売予定だ。インスタグラム(@3jsb_kenjiro_official)。
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バスケで火がついたスニーカー愛

パフォーマーとして活躍する山下さんだが、中学・高校の6年間はバスケットボールにどっぷり浸かっていたという。

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー、山下健二郎さんがスニーカーを語る

「当時はかなり熱を入れてバスケをしてましたね。当然『スラムダンク』も見てましたよ(笑)。

僕が最初に買ったバッシュは、NBAのスター選手だったアンファニー・ハーダウェイ(通称:ペニー)のシリーズのエア ペニー3。地元のスニーカーショップで、安売りされてたんですよ。今思えば掘り出し物ですよね。それを履いてよく練習してました」。

当時は、まだアンファニー・ハーダウェイという選手を知らなかった山下青年だったが、後に知ったことでより愛着は増していった。

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー、山下健二郎さんがスニーカーを語る

「当時のNBAはやたら体がゴツくて大きい選手が人気もあった。そのなかでペニーは本当にスマートだったんです。カッコいいな〜って思いましたね」。

そして、彼以上に影響を受けた、NBA屈指のスタープレーヤーがいる。

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①先鋒 ナイキ「エア ジョーダン4 ブラックキャット」

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー、山下健二郎さんの好きなエアジョーダン

言わずと知れたバスケットボールの神様、マイケル・ジョーダン。滞空時間の長いジャンプ、類まれな得点能力を備えたレジェンドである。そして、プレーもさることながら、彼の履く一足に山下青年も虜になっていった。

「3つ上に兄貴がいるんですけど、僕が小学校の頃にエア ジョーダン8を買ってきたんですよ。それがすごくカッコ良くて。なんだこれって思いましたね(笑)。

小学校のときに履いていた靴って、ちょっと子供っぽいじゃないですか。だから、靴でこんなにファッション性をクールに表現したものがあるんだなって」。

すぐさまエア ジョーダンシリーズに魅了されたものの、当時から稀少で手が出せず、憧れの存在であり続けた。

しかし、社会人となり、バスケットボールへの情熱は、いつしかダンスへ。そこであることに気付く。

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマー、山下健二郎さんのエアジョーダン

「エア ジョーダンだったら僕は1はもちろん、6、7、11、12も好きでした。だから、若い頃は4にはそこまで興味がなかったんです。でも、ダンスを始めてから4の魅力に目覚めました。どこかファッショナブルで、ボリュームがありながら軽量。しかも、足馴染みが良くてダンスにちょうどいいんです」。

エア ジョーダン4は、ナイキの伝説的デザイナー、ティンカー・ハットフィールド氏のもと、1989年に発表されたシリーズの4作目。シューズの補強、軽量化などを考慮し、目に見える形でメッシュやプラスチック素材を積極的に採用したモデルである。

サイドパネルなどのメッシュはバスケットゴールをイメージしており、シュータン裏には天地を逆にしたマイケル・ジョーダンのピスネーム入りだ。

オールブラックでエア ジョーダン4を履きこなす山下健二郎さん
オールブラックでエア ジョーダン4を履きこなす山下さん。

山下さんが手にしたのは、マイケル・ジョーダンのニックネームから名付けられた“ブラック キャット”。オールブラックに身を包んだその姿には、ラグジュアリーさすら感じさせる。

「4はカラーバリエーションも豊富ですし、ボリューム感がファッションにも合うんですよね。これは今年復刻したモデルですが、日本では定価で買うのが難しい状況。

でも、ちょうどラスベガスへ行く機会があり、あらゆるスニーカーショップをまわりまくって3足手に入れちゃいました(笑)」。

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②中堅 ナイキ「エア フォース180」

数々のスニーカーを履いてきた山下さんだが、やはり思い入れが強いのはナイキ。その数は、自宅のコレクションのほぼ8割を占めるほどだ。

ナイキのスニーカーといえば、エア ジョーダンシリーズを筆頭に、ダンクSB、エア マックスなど枚挙に暇がないが、マニアの間で根強い人気を誇るのがエア フォース180である。

「ワンエイティ、大好きなんですよ〜。なんだろう、どこかプラモデルみたいなゴツゴツした感じ。マイケル・ジョーダンと同い年のスタープレーヤー、チャールズ・バークレーが履いていたんですけど、ビジブルエアが180度むき出しで囲まれている姿がカッコ良くて。紐とベルクロが付いているところもくすぐられますね」。

チャールズ・バークレーは、マイケル・ジョーダンの親友としても有名で、ナイキからは彼のシグネチャーモデルも多数登場している。フォースの系譜でいえばエア フォース1がよく知られるところだが、180はバルセロナ五輪でチャールズが履いた、通称“オリンピックモデル”を筆頭にあらゆるカラバリが登場している。

「20代前半から大好きで、新しいカラーが出たら即買いしちゃいます。黒×黄色のこいつが出たときは、ヤバイなと感じて思わずポチりました」。

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③大将 ナイキ「エア ジョーダン1 ブレッド」

ナイキの名作中の名作、エア ジョーダン1。ブルズカラーを纏った配色の“ブレッド”は、今なおその威光に陰りは見られない。山下さんが若い頃から憧れ続けてきた一足でもある。

「学生の頃は『スラムダンク』が流行って、みんなジョーダンとかナイキのスニーカーに憧れてました。高額でまったく手が出ませんでしたけどね」。

そして、やっと念願が叶い手に入れたのがこちら。

「小学生のときは、ブレッドの価値が分からなかったんですよ。高校に入ってから、スニーカーとかファッションに目覚め始めるんですけど、その頃に読んだ雑誌で、このカラーがレアであることを知りました。

当時は数自体少なかったのでなかなか手に入れられませんでしたけど、行きつけのスニーカーショップから『出てきましたよ。どうしますか?』と連絡が来て、もう速攻で買いました」。

山下さんの場合、単純にプレーヤーが好き、スニーカーが好きというだけでエア ジョーダン1に恋い焦がれていたわけではない。

「ブレッドが登場したのは1985年。僕も同じ年に生まれたので、余計親近感がわいちゃって(笑)。スニーカーコレクションのなかではいちばんの宝物ですね」。

 

「スニーカーは、単にファションアイテム、スポーツギアというカテゴリーでは括れませんよね。音楽、映画、歴史といったそのときどきの背景と切っても切れない存在」と山下さん。だからこそ、知れば知るほどハマっていくという。

「どんなに辛いことがあっても、お気に入りのスニーカーを履いているとその日は気分がアガります。スニーカーのことを何も知らないという人でも、愛用している靴を履いたら気分が高揚するじゃないですか。僕はそれでOKだと思います。入口はそこでいい。きっと掘り下げたくなっていくと思いますから」。

その笑顔からも、スニーカー愛がたっぷりと垣間見えた気がした。

「偏愛スニーカー三番勝負」とは……
外に出られずとも眺めているだけでアガる、それがスニーカー。スニーカー愛に溺れた生粋のスニーカー好きたちが偏愛する一足を披露する、スニーカー三番勝負。
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菊地 亮=取材・文 川西章紀=写真
# スニーカー# スニーカー三番勝負# ナイキ# 山下健二郎
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