
自分達の日常とは、一見縁遠く感じる“海洋保全”に、日常の行為や持続可能な経済活動を結びつけながら取り組む企業・人物をOCEANSが表彰する「THE BLUEKEEPERS AWARD」。
今年も開催された「
THE BLUEKEEPERS AWARD 2026」では5名の受賞者が決定し、去る8月には授賞式も開催された。
NEW LEADER賞を受賞した豪州タスマニアのシーフォレスト社は、家畜由来の温室効果ガスであるメタンを大幅に減らす飼料添加物「SeaFeed™︎」を開発し、世界から脚光を浴びている。その興味深い着眼点と社会実装のプロセスを牽引するのが、研究開発責任者の辰巳正幸さんだ。
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たつみ・まさゆき●大阪府出身。タスマニア大学で海洋科学、水産学分野の博士号を取得し、以後、研究員としてジャイアントケルプの再生プロジェクトに従事するなど、海の生態系回復に向けた活動を精力的に行う。2021年にシーフォレスト社に参画。カギケノリの研究開発責任者として、家畜のメタンガス削減用飼料添加物“SeaFeed™︎”の開発や、その普及に尽力している。
家畜が海藻を食べて育つという“新しい常識”を創り出す
家畜によるゲップ由来のメタンを減らすアプローチで、気候変動の課題に取り組む。それには、海藻の「カギケノリ」が有効である。
そんな画期的な視点で飼料添加物を開発し、もうすでにオリジナルプロダクトを販売・製造している豪州タスマニアのシーフォレスト社。研究開発責任者として活躍する辰巳正幸氏に、これまでの成果とこれからのヴィジョンを伺った。
――海藻のカギケノリから作った飼料を家畜に食べさせると、ゲップとともに排出されるメタンが大幅に減るということに、どういう経緯で行き着いたのでしょうか?辰巳さん 家畜が多いオーストラリアでは、2030年までにメタンガスをどれだけ減らすかという目標数値が定められています。
その目標達成に向けて、CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)とジェームスクック大学が共同で技術開発を進めていたのですが、ロッキー・デ・ナイズ教授のチームが、カギケノリからできた飼料を家畜に与えると、メタンガスが98%も減ることを突き止めました。
――それはものすごい発見ですよね。そこから辰巳さんが、シーフォレスト社に関わるようになったということですか?辰巳さん そうですね。ロッキー・デ・ナイズ教授は、シーフォレスト社のチーフサイエンティストに就任されたのですが、カギケノリの養殖を誰もしたことがなかったので、もともとタスマニア大学で海藻の開発をしていた自分に研究依頼が来たという流れです。2020年の3月から本格的な研究が始まりました。
――今はどういったフェーズなのでしょうか?辰巳さん カギケノリから作った飼料添加物SeaFeed™︎はすでに実用化、商業化されています。一昨年あたりからオーストラリアの牛肉産業の中でも、大きな企業のいくつかがSeaFeed™︎で育てた牛から食肉やミルクを生産、販売していますね。
社会への浸透が進むと同時に、その反応も目に見えて実感できています。個人的にはシーフォレスト社でのプロジェクトを進めながら、他の藻場再生の研究や日本での講演活動などもさせてもらっているので、環境保全に対する意識がより浸透していってほしいという思いも強まっていますね。
――次の段階として、どんな目標を描いていますか?
SeaFeed™︎を用いた飼育を行なっていることを標榜する企業も増えているという。
辰巳さん 例えば、「この牛はメタンガスの排出を減らして育てました」というようなラベルが貼られた牛肉が、普通に国内外のスーパーマーケットに並ぶ。それを見た消費者が、その牛肉を買うことで、環境保全に参加できた実感を持てるようになれば、それはすごい意味があることだなと思います。
タスマニアは、世界の平均よりも約4倍のスピードで、海水温が暖かくなっていると言われています。この場所から、そういう発信をしていくというのは、とても有意義なことですし、どんどん目に見える形にしていきたいですね。
――さまざまな温室効果ガスの中でも、メタンガスが環境に及ぼす影響には、何か特性があるのでしょうか?辰巳さん まず、メタンガスは二酸化炭素の28倍ほどの温室効果がありますので削減によるインパクトは大きい。また二酸化炭素は大気中に100年以上残りますが、メタンガスは10〜12年ほどしか大気中に残りません。
ですので、もし今から二酸化炭素の排出をゼロにしても約100年は大気中のCO2量は変わりませんが、メタンガスをゼロにすれば12年後には減少を始め、気候変動に効果が出てくる。そういう理屈からも、メタンガスの排出削減に着手するのは重要度が高いのです。
――それは興味深いですね。そんな状況も踏まえて、5年、10年先のヴィジョンを教えてください。辰巳さん 世界各国にSeaFeed™︎を普及させていくというのが、まず第一ですね。ただ、家畜に与える添加物という扱いになる以上、政府の承認が必要になるケースも多く、オーストラリアからの輸出には障壁も少なくありません。ですので、もっと地産地消、すなわち現地でカギケノリを育てて、その場所で牛が食べられる飼料を作っていくというアプローチが、できるようになれればいいなと思っています。
シーフォレスト社では、カギケノリの陸上養殖技術も確立している。
――カギケノリの成長には海のコンディションの影響も大きいと思いますが、世界中どこでも養殖は可能なのでしょうか?辰巳さん カギケノリは、大きくいうと、暖かい海で育つタイプと冷たい海で育つタイプの2種類がいまして、もうすでにヨーロッパ、ハワイ、ベトナム、日本など、多くの場所で育てられることはわかっています。
シーフォレスト社は、海中のみならず陸上のタンクで育てる技術もありますから、世界中でカギケノリを育てることにそれほど問題はないと思います。
――それはすごいですね。他にカギケノリ養殖を世界に浸透させていくために、必要なことはありますか?辰巳さん 我々は、家畜が低炭素で育つことを新しい世界の常識にしたいと考えていますが、それが定着するためには、まず何より人々の意識が変わる必要があります。
そのためにエデュケーション(教育)も非常に大切な要素かと思います。オーストラリアでは、放し飼いで飼育された鶏の卵と、そうではない卵がスーパーで売られていて、自分たちの価値観や倫理的な考えにあった商品であれば、多少高くても購入する意思があります。これは、購買の判断が価格だけで決まるものではなく、消費者が自分たちが支持したい社会的・環境的な成果につながる商品を、より積極的に選ぶようになっていることを示しています。
ファッションカテゴリーでも、オーストラリアでは、メタンや他の温室効果ガス排出を削減した羊から採取したウールで、スーツやコートを作るブランドもあります。我々も世界的なファッション企業と進めているプロジェクトもありますし、少しずつですが、そういった取り組みが一般の人にとって当たり前のことになっていけばいいなと思っています。
――低炭素のみならず、低メタンを謳うことも世界の常識に。その動きは今後加速しそうですね。本日はありがとうございました![問い合わせ]Sea Forest Limitedhttps://www.seaforest.com.au/