受け継ぐために、まずは自分の時間を刻みたい
映画の小道具で終わらなかったから、今こうして腕に巻ける
マーフについて語るなら、どうしても映画の父と娘を思い出す。
だから「いつか子どもへ」という未来を想像するのも、この時計なら自然なことだ。
まずは自分が使う。
仕事へ向かう朝も、休日に出かける日も、旅先でも腕に巻く。そうして過ごすうちに、綺麗だったブレスレットには細かな擦り傷が増え、ケースにも小さな跡が残っていくだろう。
その一つひとつを、いちいち惜しむ必要はない。
最初はただの傷だったものが、数年後には「この時計と過ごしてきた時間」の一部になる。新品にはなかった表情が生まれ、自分だけの一本へと変わっていく。
もちろん機械式時計だから、ときには点検やメンテナンスも必要だ。
調子を見てもらい、必要なら手を入れ、また腕へ戻す。時計だけが歳を取るのではなく、持ち主も同じように時間を重ねていく。
そうして10年、20年。
いつか子どもが、この傷の増えたマーフを見て「それ、いいね」と言ったなら、そのとき初めて次の腕へ渡せばいい。
映画のために生まれた一本が、スクリーンの外へ飛び出し、現実の腕元で時を刻む時計になった。
そして今、そのマーフに新しいブルーが加わった。
まずはその色に惹かれて手に取り、自分の日常で遠慮なく使えばいい。傷も、メンテナンスも、そこで過ごした時間も刻まれ、自分だけの時計となっていく。
父から娘へ、時を超えてつながった映画のマーフ。
いつか自分が使った一本にも、その続きを託したくなる日が来るかもしれない。