入り口に下がる暖簾は、染色家・望月通陽氏の手によるもの。代替わりを繰り返し、現在は5代目だという。
クルマに戻り、小田原の街中へ。向かったのは「うつわ菜の花」。この場所で、120年続く和菓子店に生まれた高橋台一さんが営むギャラリーだ。
代表の高橋台一さん。個展のたびに自らの言葉で綴る案内状は、作家へ向ける眼差しがそのまま伝わってくると評判だ。
高橋さん自身、坂口安吾や辻潤といった文化人が行き交った往時の小田原の空気を吸い、5歳にして祖父の影響で骨董店へ通い始めた。ものを見る感覚は、知識ではなく、そうした日常の景色の中で自然と身に付いていった。
だが、作家選びに地元びいきはない。「自分が気に入った人。ただそれだけ」。その言葉どおり、基準は徹底して個人的だ。書の井上有一氏、白磁の黒田泰蔵氏、陶芸の内田鋼一氏。どれも簡単には語れない作家ばかりだが、その個性をいち早く見いだし、この場所で紹介し続けてきた。
取材時は、常滑の陶芸家・鯉江明氏の個展を開催中。父である良二氏との縁をきっかけに、30年にわたる関係が続いている。

空間の設計は中村好文氏。建物と中庭がひとつながりになった、氏らしい親密な作りだ。その中庭には、雨が静かに落ちていた。江之浦では霧と雨で遠くが消えていたが、ここでは雨がひとつの風景として成立している。
どちらにもそれぞれの美しさがあり、その印象がそのまま小田原という土地の記憶になっている。
OCEANS7月「Wellness is Wealth」号から抜粋。さらに読むなら本誌をチェック!