
いよいよW杯の幕が切って落とされる。
この記念すべき年に、伝説のフットボーラーが足を滑り込ませたフットウェアが蘇る。フットボーラーの名は、ミシェル・プラティニ。あのジダンとともにフランス史上最高と称された、80年代を代表する選手である。
【写真8点】「フットボーラーの相棒がW杯の年、パトリックに降臨」の詳細を写真でチェック
ひとつは、「リバプール・オリジン」。トレーニング用に開発された「プラティニ・トレーナー」を再現している。
フランスメイド時代へのオマージュを具現したシュータン&インソールのデザイン、やはりあの時代を彷彿とさせる存在感たっぷりの2本ライン&ロゴ、7アイレット、密に編み込んだシューレース……。その再現っぷりは名物スタッフをして歴代随一といわしめた。
「LIVERPOOL-OG(リバプール・オリジン)」1万8700円/パトリック(カメイ・プロアクト 03-6450-1515)
文字どおりしなやかなステアレザーを採用したアッパーは履き卸しから吸いつくようだ。
ラインナップされたのは、パトリック・オリジン。1970〜80年代のアーカイブに焦点を絞ったコレクションだ。24年に誕生すると目利きのあいだで高く評価されてきた。そんなコレクションに名を連ねるに足る一足である。

これで終わらないのがこたびのパトリック。なんと、ミシェルが実際に試合で履いたスパイクをその歴史ではじめて復刻させたのだ。シグネチャーモデルのハイエンドライン、「ミシェル・プラティニ」に範をとった、その名も「ミシェル・プラティニ 2026」がそれだ。
「MICHEL PLATINI 2026 /ミシェル・プラティニ 2026」 2万9700円/パトリック(カメイ・プロアクト 03-6450-1515)
「W杯イヤーの今年はスパイクの生産が終了してからちょうど20年という節目の年でもありました。この巡り合わせに運命を感じ、上司を説き伏せ、完成にこぎつけたというわけです。プロジェクトはシグネチャーモデルの現物を探すところから始まりました」(マーケティング事業部、竹原健治さん)

そこにはもうひとつの巡り合わせがあった。岡山・児島にある知る人ぞ知る工場である。かつて製造を担っていた工場はスパイク部門を閉鎖していた。
フィット感はもちろん、繊細なボールタッチも再現したかったという竹原さんがアッパーに採用したのはカンガルーレザー。ラストは日本人の足を踏まえて一から削りあげた。スタッドはクラシカルなラウンドポイントの固定式。繰り返しテストを行い、完成度を高めていったという。
「妥協なくつくり込めたのは、効率無縁の日本の工場とがっぷり四つに組むことができたからです」(竹原さん)
素通りできないのが“MICHEL PLATINI”の刻印。ミシェル本人から許可をもらった正真正銘のシグネチャーだ。まさにアニバーサリーイヤーにふさわしい貴重な一足である。
「ミシェル・プラティニ 2026」のお披露目の舞台は
クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」。受注期間は6月1日から45日間。期間中は全国の直営店で試し履きツアーを予定している。納期は年内予定。
アディダスを袖にしてパトリックを選んだわけ
フランスは1984年のUEFA欧州選手権で初の優勝旗を手に入れた。立役者が、ミシェルだった。毎試合得点(9ゴール)を達成し、そのすべての試合で決勝ゴールも決めた。アグレッシブに攻撃陣を率いたミシェルは将軍の異名をとった。
将軍の足元を支えたのがパトリックと聞けば意外な感もあるが、このフランスの老舗のルーツはサッカースパイクにある。
足がかりをつくったのは2代目、パトリス・ベネトーだ。1930年、FIFAワールドカップがはじめて開催された。無類のサッカー好きだったというパトリスは大いに刺激を受けた。そうして翌31年、スパイクのスタッド位置に関する論文を発表する。これが商工省に認められ、Invention Certificate(発明証) を与えられた。
パトリスはここを先途とあたためてきたアイデアを立て続けにかたちにする。スチールがスタンダードだったスタッドに世界ではじめてアルミを採用したのもパトリスなら、深い芝、硬い芝、濡れた芝などピッチのコンディションに応じたソールを開発したのもパトリスだった。

パトリスの息子、シャルルによれば、パトリスはアディダスの2代目であるホルスト・ダスラーとも親交があったそうだ。「ふたりは同じ時代に、同じ冒険に繰り出したといっても過言ではありません。ホルストはプゾージュ(パトリック創業の地)に遊びに来たこともあるんですよ」
PATRICK, L’Avance Technique(パトリック、最先端の技術のために)――をスローガンに掲げたパトリスは満を持して1945年、パトリックの名で世に打って出た。英語圏での発音を採ったのは、海外進出を視野に入れていたからだろう。
その名は目論見どおりサッカー大国のスタープレイヤーの目にとまる。バロンドールを2度受賞したイングランドのケビン・キーガン、あるいはダニッシュ・ダイナマイトと恐れられたデンマークのラウドルップ兄弟。母国では名ストライカーと謳われたジャン=ピエール・パパンもパトリックを履いた。
ミシェルは倍の契約金を提示したアディダスを袖にしてパトリックを選んだのだが、その理由が振るっている。ミシェルはひと言、「職人気質に惚れた」と語ったという。
[問い合わせ]カメイ・プロアクト03-6450-1515https://patrick.jp