ほぼお金を持たず、公園で野宿することも
日本の寺に入ることも考えたが、そこに肩書きがつくと元の木阿弥。そう考え、どこにも属せず、現在のスタイルを貫く龍光さん。ただし、仏教的な生き方は日本でも実践している。
「妻がいるので寝泊まりする拠点はありますが、それ以外はものも鞄ひとつに入る程度。それまでの資産はすべて妻に渡して、自分が所有できる上限は19万3000円にしました。交通費など最低限は使うけど、金がなければ食べなければいいし、公園で野宿すればいい。ある中で暮らす、持っているものはなるべく巡らせるのが僕の生き方です」。

龍光さんの口から何度も出てきたのが「巡らせる」というワードだ。
「対面でも呼ばれれば出向いて話を聞きに行くし、最近ではオンラインでもオープンに話ができるようにしています。これまでの体験も知識も気づきも含めて、何か役に立てることがあるならそれを巡らせる。お話会でいただいた謝礼もインドに持っていって巡らせています」。
数百億という数字と対峙してきた生活から、何も持たず僧侶のような生活へ。内面の変化はいかばかりであろうか。
「以前は売上げや知名度とか、何か成果を掴まないといけない、結果を残せていないことにすごく囚われていました。今は自分が日々学ぶこと、誰かに対してできることが育っていけば、それは喜びとして積み上がっています」。
お話会にて和やかに話をする龍光さん。(筆者撮影)
以前よりも顔つきが穏やかになった龍光さんの言葉は、自分自身と真正面から対峙した人がもつ正直さ、率直さがあった。
「幸せな生き方をしたいのなら、自分の心の本音を見つめること、自分に正直になることが大事だと僕は考えています。生きている限り苦しみはなくなるわけではないけど、今は自分の幸せの定義の状態にはなれていますね」。
お金の有無や肩書き、他人の評価にとらわれずに自分の心の声に従う。それができた龍光さんは真の“成功”を掴んだのかもしれない。