深刻化する海洋汚染や気候変動。持続可能な未来に向けた取り組みが求められる今、その挑戦を讃えるアワード「THE BLUEKEEPERS AWARD 2025」が、2025年9月に大阪・関西万博会場「BLUE OCEAN DOME」で開催された。
本稿では、そのなかのセッション「BLUE × LIFESTYLE」を取り上げる。原料生産から廃棄に至るまで環境負荷が大きいとされるファッション業界において、サトウキビを原料とする新素材「PlaX(プラックス)」を生み出した素材メーカー「Bioworks(バイオワークス)」、同素材を自社製品に採用した「マッシュスタイルラボ」、そしてこの2社をつないだ繊維商社「瀧定名古屋」の3社が切り拓く、革新の最前線を探る。
まずは3社の共創関係について整理しておきたい。
「PlaX」を開発するBioworksは、植物由来のポリ乳酸繊維によって環境負荷を減らす新たな選択肢を提案している。その可能性にいち早く注目したのが、150年以上にわたり繊維ビジネスを手がけてきた瀧定名古屋だ。両社は、素材の生地化から流通までを担うパートナーとして資本提携を結び、新素材の社会実装を推進する役割を担っている。
加えて、消費者との接点をもつアパレル企業のマッシュスタイルラボが、レディスブランド「emmi(エミ)」などで実証販売を行うことで、素材開発から商品化、販売までをつなぐ循環モデルを構築している。
左から、マッシュスタイルラボ執行役員 生産管理本部 本部長 岩木久剛、瀧定名古屋婦人服地部 部長代理 河内明彦、Bioworks執行役員 三輪和貴。
従来、ポリ乳酸は染色性や耐熱性に課題があり、濃色の表現や加工の自由度に制約があった。そうした課題を克服した「PlaX」は、染色性を大幅に向上させることで深みのある色合いを実現し、耐熱性の改善により多様な風合いの生地開発を可能にした。
既存のポリ乳酸と比較して、耐熱性は50℃から130℃、耐久性は1〜2年から10年程度、染色性は1.5〜2倍に向上。また、ポリエステル糸1kg製造時のCO2排出量は長繊維で70%、短繊維で50%削減できる。(Bioworks HPより)
挑戦と改良の果てに生まれた次世代バイオマス素材
Bioworks執行役員の三輪和貴(以下、三輪)は、新素材開発の経緯を次のように語る。
「ポリ乳酸は2000年代初頭に注目されたバイオマス素材ですが、当時は商業化に成功した例がほとんどありませんでした。それでも私たちは素材の可能性を信じ、長年にわたって研究と改良を重ね、品質と機能を進化させた次世代素材として『PlaX』を開発しました。21年以降は成形品から繊維分野へと展開を広げ、アパレル製品での実用化を進めています」
製品化に向けて最も苦労した点について三輪は、「『PlaX』に適した紡糸・染色条件の確立と、サプライチェーンの構築だった」と振り返る。
「既存の紡糸設備で糸を生産できるとはいえ、誰も扱ったことのない新素材には常にトライ&エラーが伴います。そのハードルがありながらも、多くのパートナー企業が時間と労力を惜しまず挑戦を重ね、ようやく量産化を実現することができました。こうした協働が、素材を社会へと届ける基盤を築いてくれたのだと感じています」(三輪)
「PlaX」は、従来のポリ乳酸が1〜2年程度とされていた耐用年数を、約10年と大幅に延伸。「増え続けるポリエステル使用量の代替素材として、グローバルでの展開を視野に普及を進めています」(Bioworks 三輪和貴)
150年以上にわたり繊維ビジネスを手がける老舗商社、瀧定名古屋で婦人服地部 部長代理を務める河内明彦(以下、河内)は、「PlaX」との出会いをこう語る。
「バイオマス素材の実用化は、長年、繊維業界が待ち望んできたテーマでした。これまで課題とされてきた耐久性・耐熱性・染色性がすべて克服され、さらに石油由来のポリエステルとほぼ同様の扱いやすさを実現した。そんな革新的な素材が『PlaX』です。初めて海外で最も著名な展示会『プルミエール・ヴィジョン』に単独出展した際は、まさに“世界が開けた”ような感覚で、胸が高鳴ったのを今でも覚えています」(河内)
「PlaX」はサステナブル素材であると同時に、肌に優しい弱酸性と抗菌防臭といったウェルネスな特性を兼ね備えている。
「当社とBioworksで展開するオリジナルブランド『bio(バイオ)』では、素材の特性を生かした商品を展開しています。なかでも最も好評を得ているタオルは、その機能性が高く評価され、グッドデザイン賞を受賞しました」(河内)
「BLUE × LIFESTYLE」のセッションで河内は、「bio」のナイトウェアを着用した際の着心地や消臭性についても言及。「PlaX」がもたらす高いスペックと共に、その先にある普遍的な豊かさを伝えていきたいと語った。
素材の種類とその割合を示す「組成タグ」について、瀧定名古屋の河内明彦は「今後はポリ乳酸が何パーセント含まれているかという表記が増えてくるだろう」と語った。
持続可能性を日常へ──マッシュスタイルラボが示す新たな選択
「PlaX」製品のさらなる販路拡大に向け、河内が協力を依頼したのが、マッシュスタイルラボである。同社は2015年に「ウェルネスデザイン」をコーポレートスローガンに掲げ、地球環境に配慮したものづくりを推進してきた。リアルファーの廃止をはじめ、レディスブランド「SNIDEL(スナイデル)」では下げ札やショッパー、印刷資材を環境配慮型素材に切り替えるなど、その取り組みは店舗空間の構築や物流拠点の選定まで広がっている。
加えて、22年にサステナブルアライアンスを立ち上げ、パートナー企業と共に独自の原材料採用基準や工場監査基準を策定。環境配慮や動物福祉などの観点から商品ごとの特徴を示す「サステナビリティアイコン」を下げ札に導入し、透明性のあるものづくりを推進している。
「マッシュスタイルラボのサステナビリティへの取り組みは、業界のなかでも群を抜いて誠実であり、その本気度が確実に伝わってくる。アパレル業界において、サステナビリティの理念を実際のものづくりへと結びつけることは容易ではありませんが、同社は商品づくりのみならず店舗づくりに至るまで、その姿勢を一貫して体現されています。こうした企業姿勢に感銘を受け、提案をさせていただきました」(河内)
マッシュスタイルラボ執行役員 生産管理本部 本部長 岩木久剛(以下、岩木)もまた、「PlaX」がLCA(ライフサイクルアセスメント)分析や生分解性試験に基づき環境性能を実証していると知り、「ものづくりを根本から変える可能性を感じた」と話す。
「環境負荷を最小限に抑えながら、確かな機能性を備える──。そんな“未来の素材”が現実のものとなりつつあることは、非常にエポックメイキングな出来事だととらえています。持続可能な生産体制の構築を目指す私たちにとっても、『PlaX』は新たな選択肢であり、素材開発とものづくりの次なるフェーズを切り拓く重要な鍵になると感じました」(岩木)
マッシュスタイルラボが展開するレディスブランド「emmi」の25年春夏コレクションには、「PlaX」を起用したアイテムが多数登場した。
「PlaX」を採用した「emmi」の製品【emmi×PlaX™】。パイルアメスリワンピースでは、通常の工場と比べ2.367kgのCO2排出量を削減した。
マッシュスタイルラボでは「PlaX」を採用した製品に対し、使用電力の約45%を自家発電でまかなう「グリーンファクトリー」を選定することで、製品製造時のCO2排出量と、その削減率を可視化。この取り組みの意義をより実感してもらえるよう、店頭では来店者が目にするハンガーPOPにも削減量を掲示したという。
「堅く聞こえがちなサステナビリティを、『特別なことではなく、日常のなかで選択できること』として、身近に感じていただけるような表現やデザイン、接客を心がけました。環境配慮型の取り組みに対しても、『こうした商品を選びたい』『自分にもできることがあると感じた』といった前向きな声を多くいただく結果となりました」(岩木)
環境問題を“自分ごと”として感じてもらうためには、「情報を伝えるだけではなく、心に届くストーリーをどう構築するかが大切」だということを強く感じる契機にもなったと岩木は続ける。
「新素材を通じて、『身近な選択が未来につながる』というメッセージを視覚的にも分かりやすく、共感を生むかたちで届けることを意識し、ポジティブな発信を継続していきたいと考えています」(岩木)
マッシュスタイルラボ 岩木久剛は「BLUE × LIFESTYLE」のセッションで「開発素材ゆえ価格は高めですが、お客さまには前向きに受け止められ、売れ行きも良好に推移しています。今後は他ブランドへの横展開も視野に入れています」と語った。
「つくる」の先へ──3社が紡ぐサステナブルな循環のかたち
3社による共創は25年で2年目を迎える。
岩木は、本プロジェクトを進めていくなかで「共創の重要性を再認識した」と語る。
「川上から川下までが連携することで、『環境に配慮した製品をいかにお客様に届けるか』という共通のテーマに一丸となって取り組むことができました。今回の取り組みは、サプライチェーン全体で新たな価値を生み出す可能性を示した、重要な一歩になったと感じています。今後もパートナー企業と協働し、『美しい地球を次世代につなぐ』という思いを軸にサステナブルな選択を重ねてまいります」(岩木)
三輪は、この取り組みを通じて新たな学びを得たという。
「製品ごとのCO2排出量を可視化した結果、『PlaX』の素材比率が低い場合は削減効果が限定的である一方、サプライチェーン全体をクリーンエネルギーへ転換することで大きな削減が見込めることが分かりました」(三輪)
本プロジェクトで得た知見をもとに、Bioworksは、素材の再資源化と循環の仕組みづくりを強化している。現在は複合素材からの原料分離・抽出に成功しており、リサイクルプロセスのエネルギー負荷軽減やコスト最適化も進行中だ。
そして河内は、この共創をさらに社会へ広げていく決意を示す。
「繊維業界のリーディングカンパニーとして、新たな素材を社会に届けていくことは私たちの使命だと考えています。『PlaX』は究極のサステナブル素材として、業界全体の発展と環境負荷低減の双方に貢献できる可能性を秘めています。この素材が人々の暮らしをより豊かにし、持続可能な未来へとつながっていくことを願い、今後も挑戦を続けていきます」(河内)
異なる強みをもつ企業が垣根を越えて連携し、循環型の仕組みを社会に実装する。その動きは、ファッション産業全体の変革を加速させる可能性を秘めている。「PlaX」を起点に生まれた共創の輪は、これからの時代を象徴するモデルケースとして、さらなる広がりを見せていくだろう。
(プロフィール)
みわ・かずき◎Bioworks執行役員、SCM統括。東レ香港有限公司にて海外テキスタイル事業に従事したのち、2003年にTMG ROND Co., Ltd.を設立。16年よりエルモ社にてアジアパシフィック統括部長を務め、21年より素材メーカーBioworksに参画。現在に至る。
いわき・ひさたけ◎マッシュスタイルラボ執行役員 生産管理本部 本部長。大手アパレル企業においてブランドマネージャーや新規事業の立ち上げ等の経験を重ねた後、2019年マッシュホールディングスに入社。生産管理本部 本部長としてファッション事業におけるプラットフォーム化を推進し、21年より現職。新規事業立ち上げサポートのほか、取引先企業と共に「サステナブルアライアンス」を立ち上げ、ファッション分野におけるサステナビリティの推進にも取り組む。
こうち・あきひこ◎瀧定名古屋 婦人服地部 部長代理 兼 89課課長 兼 営業推進室室長。大学卒業後、1997年瀧定名古屋入社。14年、婦人服地部 11課課長 兼 営業推進室室長を経て、25年より現職。テキスタイル販売を担う婦人服地部では、幅広いチャネルに向けて製品を販売。国内のみならず、グローバルテキスタイルコンバーターとなるべく、海外でのコンバーター機能強化を進めている。