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多くの人が人工知能=AI(Artificial Intelligence)を日常的に使うようになった昨今、ビジネス現場にも浸透し始めている。筆者もいちライターとして、日々AIを仕事に活用している。アイデア出し、企画書の構成、取材の要約作成、文章のブラッシュアップ……正直、効率は劇的に上がった。
だがその一方で、ふとした不安に襲われる瞬間がある。
「このままだと、AIへの依存が進みすぎて、自分の思考力がダメになってしまうんじゃないか?」
読者の方々も、同じような不安を抱いたことはないだろうか? この不安は、単なる気のせいではない。
ITライターとして最前線でAIを活用し続ける柳谷智宣氏に話を聞くと、そこには「思考を手放した人」と「思考を進化させた人」の明確な分岐点が存在していた。
AI時代を生き抜くビジネスパーソンにとっての“甘い誘惑”と“残酷な現実”とは?
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すべての写真を見る 聞いたのはこの人!
柳谷智宣さん⚫︎1972年生まれ、キャリア25年超のITライター。デジタルガジェットからセキュリティ、新技術の動向解説まで幅広くカバーし、現在は特にAIやDX領域に注力。日々、多くの原稿執筆をこなし、生成AIを仕事に欠かせないツールとして活用している。著書に『柳谷智宣の超ChatGPT時短術 今日から仕事で使える実践35テク』(日経BP)など。
AI依存が招く「記憶力8割減」の衝撃。恐るべき思考停止の代償とは

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――ズバリ率直にお伺いします。AIによって人間の思考力は、低下しているのでしょうか? 効率が上がった反面、どこか頭を使っていない感覚があって不安なんです。AIが人間の思考を退化させる。そうした論調は、メディアなどでもよく取り上げられていますが、その不安は的外れではありません。
結論から言うと、「AIを考えなしに使えば、思考力は低下する」という研究結果も出ています。AIに肯定的な立場の私から見ても、そうした側面があるのは事実です。
ただし、これは「AI=悪」という単純な話ではありません。重要なのは“使い方”の問題です。
たとえば、ワープロが普及したときは「漢字を覚えなくなる」、電卓の登場では「暗算力が落ちる」と言われました。けれどその代わりに、私たちは大量の文章を短時間で作成できたり、より高度な数学的思考に時間を割けるようになった。
AIもそれと同じで、適切に使えば私たちの能力を“次のステージ”へ引き上げてくれるツールなんです。
――なるほど。では、その「適切でない使い方」が招く弊害とは、どんなものでしょうか?参考になるのが、米国・マサチューセッツ工科大学の研究です。この研究では、学生を以下の3グループに分け、エッセイを書かせました。
① ChatGPTを使う/②Google検索を使う/③自分の頭脳のみ
完成した作品のクオリティは、どのグループでも大きな差はありませんでした。しかし、その後に行った内容を再現するテストでは、ChatGPTを使ったグループの83%以上が一文も思い出せなかったという衝撃的な結果に……。
一方、Google検索を使ったグループは、思い出せないのが1割ほど。つまりAIが生成したものをそのまま使った人たちは、「記憶にとどめるプロセス」が脳内で働いていなかったのです。
この結果は、AIに任せきることで、記憶力や認知力が深刻に低下するという事実を突きつけています。
――記憶力8割減……。まさにAIに頼りすぎた弊害ですね。これが当たり前になってしまうと、いずれAI依存に陥ることになるのでしょうか?一般的に、AI依存の傾向をチェックする際は、以下のような5つの項目が挙げられます。
① 精神的依存: 困ったとき、まずAIに頼ろうとする
② 信頼の度合い: AIの回答が自分と違うと、不安になる
③ 長時間利用: 使い始めるとやめられず、つい長時間使ってしまう
④ ながら利用: 食事中やテレビを見ながらでもAIを操作してしまう
⑤ 対人コミュニケーション回避: 人に相談するよりも、AIの方が安心だと感じる
これらの傾向が強ければ、AI依存の可能性があるといえるでしょう。
ただ、私が個人的にもっとも注視している「危険信号」があります。それは、AIを使って仕事をした後に「超ラクだった」と感じたかどうかです。
単に「時短できた」「効率が上がった」と感じるのは、健全な活用といえるでしょう。しかし、「超ラクだった」と感じるとしたら、それには注意が必要です。
なぜなら、その“ラク”は、思考を放棄した結果かもしれないからです。つまり、クリティカルシンキング(批判的思考)をしていないということ。思考せず、AIの出力をそのまま受け入れてしまった場合、人は「ラクだった」と感じます。
でも、その“快適さ”こそが、思考停止に陥っているサインなんです。
ビジネスマンの頭を蝕む「慢心」と残酷な現実

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――クリティカルシンキング(批判的思考)が欠如すると、何が問題なのでしょう?本来、ビジネスにおける基本動作として、部下や取引先に的確に指示(発注)を出し、成果物のクオリティを確認・修正する(検品)というプロセスは欠かせません。これは、40代のビジネスパーソンがこれまでのキャリアで磨いてきた、いわば“当たり前のスキル”です。
AIを活用する際も、本質的にはそれと変わらないはず。相手が「人間」から「AI」に変わっただけの話なんです。
ところが、AIの前ではその基本が崩れがちです。「どうせうまくやってくれるだろう」と考えてしまい、曖昧なプロンプト(指示)しか出さない。しかも、AIが返してきた答えを精査せずにそのまま使ってしまう。
でも、AIには「ハルシネーション」と呼ばれる事実誤認がつきもの。にもかかわらず、それを前提とせず、100点満点の正解を期待してしまう。その結果、アウトプットの精度は落ち、思考力も働かなくなるのです。
――「ラクをする代償」とは、まさにこのクリティカルシンキングの喪失ということですね。これは、誰しもが陥りうる“甘い罠”なのでしょうか?そう思われがちですが、実は誰でも陥るわけではありません。
Microsoftの研究でも明らかになっているのは、AIを過信している人ほどクリティカルシンキングを省略しがちだということです。
一方で、自分の専門性に誇りを持ち、「この分野に関しては自分の目で確かめたい」と思える人、つまり「仕事ができる人」ほど、AIを盲信せず、必ずファクトチェックを行っているという結果が出ています。
この二つを合わせると、恐ろしい結論にたどり着きます。もともと仕事ができない人はAIに依存してしまい、さらに思考力が低下してしまう、という構図です。
――それはちょっと耳が痛いですね……。ということは、AIは“できる人”をさらに強くする道具、という解釈になりますか?まさにその通りです。AIは、土台となるスキルや思考力がある人にとっては「攻撃力を2倍にしてくれる」ツールです。
でも、そもそもの力が足りない人が同じようにAIを使っても、大きな成果は出ません。それどころか、依存によって思考力まで奪われてしまう。これが、AI時代の最も残酷な現実だと私は思っています。
AIアレルギーが招く、さらなる末路。「使わない」という選択肢が意味するもの

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――では、AIを使わないという選択肢はあり得ますか?「自分には関係ない」「使うつもりがない」といったスタンスの人も一定数いるように思います。結論から言えば、その選択はもはや「リスク」ではなく「避けられない末路」に直結することを意味します。つまり、“終わり”です。
AIアレルギーとも言えるような拒否反応は、これまでもテクノロジーの変革期にたびたび見られました。インターネットが登場したときや、Excelが職場に導入されたときなど、同様の反応を示す人たちは一定数いました。
でも、その結果どうなったかは、もはや言うまでもありません。時代の変化に抗い続けた人たちは、知らぬ間に“淘汰”されていったのです。
――現実は、そこまで進んでいるのですね。実際、アメリカではすでに生成AIの普及による大規模リストラが万単位で進行中です。これは一時的な流れではなく、構造的な変化です。
そして、この動きはおそらく、2〜3年遅れで日本にも波及してくるでしょう。そのとき、「AIは使えません」というスタンスの人から切られていく。これはもう、予測ではなく「既定路線」と言ってもいいと思います。
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