ローカルからグローバルへ。海をつなぐ新しい協働のかたち
今年の10月には「ブルーシーフードガイド 英国版」も発刊された。
井植 私が地方自治体と一緒に「ブルーシーフードガイド」を作ってきたのは、単に環境のためというだけでなく、「サステナビリティという視点が経済に役立つ」という事実を、実例として示したかったからなんです。
つまり、環境への取り組みが地域の産業を支える力にもなり得るということを、現場から証明したかった。地方の漁業者の方々と手を携えて進めることで、地域の誇りにもつながっていく。そんな仕組みを作りたいと考えていたんです。
ジェーン 私の経験から言っても、知事というのは住民に最も近い立場にいて、現場で何が起きているのかをよく知っています。そして必要だと感じたら、即アクションを起こせる。
それが成功したとき、携わった地方は本当に誇りを持ってくれる。日本でも同じかもしれませんが、アメリカでは州同士が“前向きな競争”をすることがよくあります。「自分たちの州が一番進んでいる」と言えることは、政治家にとっても大きなモチベーションになる。そうした地方からの成功例が、やがて中央政府や国際社会へと広がっていくのです。
「ブルーシーフードガイド」も地方自治体発の取り組みが波及した好例ですよね。同じ海でも、場所によって生息している種類や環境が違うからこそ、地域ごとの管理や評価を丁寧に行うことが欠かせない。これは海を守るうえでの“ローカルからグローバルへ”という考え方の縮図だと思っています。
ーー海洋保全において、海外と日本の違いはあるのでしょうか?ジェーン 海に対する意識は、国や地域によって本当にさまざまです。どんな問題があり、どう解決していくか。その理解の深さも場所によって異なります。世界的にも海洋保全はまだまだ、「セイラーズフォーザシー」のようなNGO団体の活動に支えられている部分が大きいと感じています。そして、メディアの発信もとても重要。人々の意識を変えていくうえで、大きな役割をはたしている。
また、日本のように海の恵みとともに生きてきた国では、特に海産物が意識を変える入口になるのではないでしょうか。「ブルーシーフードガイド」の取り組みは、身近な食から海を考える素晴らしいきっかけを与えてくれています。
自分たちが大切にしている海にも乱獲や違法漁業といった課題がある。そうした現実を知り、ローカルな解決策とグローバルな連携の両立を目指すことが、これからの海洋保全には欠かせません。
ーー現在取り組んでいる海洋保全のグローバルな取り組みには、どのようなものがありますか?ジェーン 現在進行形のトピックは「
30×30(サーティ・バイ・サーティ)」と呼ばれる国際的な取り組みです。これは2030年までに陸地と海のそれぞれ30%を保護区として守るという目標です。海では、海洋保護区(MPA:Marine Protected Area)を設定することで、傷ついた生態系を回復させることを目指しています。
ーーMPAは具体的にどのようなエリアなのでしょうか?ジェーン 漁獲・掘削・投棄がすべて禁止されたエリアになっていて、魚たちが安全に成長し多様な生態系が息を吹き返すことができるエリアです。ひと言でいえば、“手つかずの海を残す場所”でしょうかね。
多くの科学者の研究によって、MPAが魚種の回復や珊瑚礁の再生に大きな効果をもたらすことが証明されています。たとえ周囲の海が環境変化でダメージを受けていても、保護区の中では自然の回復力がしっかりと働くのです。
――限定的でも、その効果は広がるものなのでしょうか?ジェーン 海はすべてつながっていますから、回復したエリアの隣にもポジティブな影響が波及していきます。健全なエリアが“種の供給源”となり、隣の海を少しずつ豊かにしていく。これは、まさに海が持つ再生力の証でもあります。
ーー自国の海域以外にも良い影響が広がる可能性があるのは、意義がありますね。ジェーン 現在多くの国が、自国の管轄海域だけでなく、排他的経済水域(EEZ)の30%を保護する方向で動いています。
そして30x30の取り組みに続き、さらに重要なのが、「公海(ハイシーズ)」の保護です。実は、世界の海の約3分の2はどの国にも属していない「公海」なんです。この領域を守るために今年新しく制定されたのが、「BBNJ」または「ハイシーズ・トリーティ」と呼ばれる「国連公海条約」です。
これは、公海を持続可能な形で利用・管理しようという人類初の国際的な試み。既に145カ国が署名していますが、これからは各国が批准して実際に動かすフェーズに入っていきます。日本も早く署名することが期待されています。
海は便宜上「大西洋」「インド洋」と名前を分けていますが、実際はひとつながりの海。だからこそ、国境を越えて生物多様性を守る責任を共有することが、これからの時代には何より大切だと思います。

◇
海は、国境を越えて、すべての生命をつないでいる。だからこそ、「海を守ることは、私たち自身を守ること」でもある。科学の力、政治の決断、そして一人ひとりの選択が重なり合うことで、海の未来は確実に変わっていく。それは大きな変革ではなく、日々の小さな行動の積み重ねから生まれるものだ。