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「親知らずって結局、抜いて終わりでしょ?」と思っているあなた。それ、ちょっともったいないかも。
「歯牙移植」という歯科治療をご存じだろうか? 親知らずなどの健康かつ不要な歯を、虫歯や歯周病などで失われた大臼歯部などに移植する治療法のことである。いわば、親知らずがインプラント替わりになるという。
この画期的ともいえる治療のメリット・デメリットを、歯科医師の東直哉先生に聞いてみた。
親知らずがインプラント替わりに!? 歯牙移植は「第4の選択肢」

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――まず、「歯牙移植」という治療を初めて知ったのですが、これはどのような治療なのでしょうか?簡単に言うと、親知らずなど機能していない歯を欠損部位に移植する治療です。
虫歯や歯周病などでどうしても抜かなくてはいけない場合、考えられる主な治療法は以下の3つです。
① ブリッジ(両隣の歯を削り橋渡しをして、欠損部位を補う)
② 入れ歯(人工の歯を用いた取り外し可能な装置)
③ インプラント(人工歯根を骨に埋め込み、それを土台に人工歯を取り付ける)
歯牙移植はいわば4つめの選択肢といえます。ただ、条件が厳しいので、あまり頻繁にする治療法ではないのが現実です。
――どんな条件が必要なんでしょうか?1つ目は「年齢」です。当院では「45歳まで」をひとつの目安にしています。というのも、歯牙移植は、その場所にドナー歯を根付かせる必要があります。年齢が若ければ若いほど、移植部位の状態もよく、根付く成功率も高くなるからです。
ただ、お口の中の状態は人それぞれですから、45歳以上の方でもご興味のある方はクリニックに相談してみてください。
2つ目は、「欠損部位のあごの骨がしっかりあること」です。重度の歯周病などで、周囲の骨も痩せてしまった場合は移植は難しいでしょう。
3つ目は、「ドナー歯となる親知らずの大きさや状態」です。欠損部位の歯とある程度同じ大きさである必要があります。また、親知らずの根っこが曲がっていたり、二股に分かれたりしている場合も不向きでしょう。というのも、歯根が複雑だと、抜歯時に「歯根膜」を傷つける可能性があるためです。
ーー「歯根膜」は重要なものなんですか?歯根膜はその名の通り、歯根の周囲にある膜で、歯と骨をつなぐ組織です。歯にとってクッションのような役割を果たし、歯に直接強い力がかからないように調整する機能があります。
歯牙移植はこの歯根膜を残すことができるので、移植後は違和感のない噛み心地を味わうことができます。これは、歯牙移植のメリットのひとつといえます。
歯牙移植は矯正治療も可能!

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ーー他にも歯牙移植のメリットを教えてください。まずは「費用面」です。欠損部位に対する治療として、インプラント治療が一般的になってきましたが、保険適用外なので、かなり高額です。一方で、歯牙移植は条件もありますが、基本的には保険が適用されますので、1~2万円ほどでおさまることもあります。
そして、「健康な歯を削る必要がない」ということも大きなメリットになります。ブリッジのように、健康な前後の歯を削る必要はありません。また、歯牙移植後は矯正治療を行うことも可能です。やはり、自分の歯ですから、自由が効きやすいというのもポイントになりますね。
ーー逆に、注意すべき点はありますか?やはり条件が厳しいことですね。さらに、一般的なインプラントの寿命(平均10~15年)に比べて、歯牙移植の寿命は「10年前後」とやや短いことです。
もちろん10年以上持っているケースも多々ありますし、逆にインプラントが10年持たずに寿命を迎えるケースもあります。歯牙移植もインプラントも基本的には永久に使えるものではないので、歯牙移植はインプラントまでの”延命措置”と捉えてもいいかもしれません。
ーー”延命措置”とは?患者さんが抜歯をすることになり、移植できる条件が揃っていたら、まずは歯牙移植の提案をします。高額なインプラントは、移植歯が喪失したときにすればいいのです。
このようにインプラント埋入を遅らせることで、経済的な負担を減らすことができます。
ーーということは、「いつか使うかもしれないから」と親知らずを温存しておくのもありでしょうか?その選択も「あり」です。親知らずが口腔内でトラブルを起こしていないなら、将来の移植に備えて温存しておく選択もあります。ただし、定期的なチェックは必要ですよ。
歯牙移植の治療期間は、だいたい3~4カ月

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ーーなるほど! 歯牙移植のメリット・デメリットは理解できました。最後に、歯牙移植のステップを簡単に教えてください。
STEP 1.検査&カウンセリング
歯の移植が可能かどうかを検査し、レントゲンおよびCTの撮影をします。最近では3Dプリンターを活用して、手術前にドナー歯の調整をより正確にシミュレーションできるようになりました。レプリカの歯で事前準備ができれば、移植はかなりスムーズになります。
STEP 2.抜歯&移植
移植歯を、歯根膜が可能な限り傷つかないように抜歯し、大きさなどを調整します。移植部位に歯がある場合は抜歯し、移植部位を適宜処置します。形成した移植床に移植歯を挿入し、縫合で固定します。
STEP 3.術後のケア
1~2週間後に抜糸し、約1カ月後から根管治療など術後のフォローアップを開始します。最短で2カ月、だいたい3~4カ月ほどで治療は完了です。この期間は、患者さんの口腔内の状態や治療の複雑さによって前後します。
インプラントも同じぐらいの治療期間を要しますので、やはり欠損部位に対するアプローチは歯牙移植が可能なら、そちらを第一選択肢と考えるのがオススメです。
◇
条件さえクリアできれば、親知らずは「ただの厄介者」ではない。インプラント替わりに使えるという画期的な治療法である「歯牙移植」。高額なインプラントを先延ばしできるので、お財布にも優しいというありがたい一面も。
「抜歯が避けられない」という場面になったら、その親知らず、再利用できないか歯科医に相談してみては?