セキュリティ会社の扉を開いた24歳

震災直後に日下さんは上京し、全国展開する都内の理容店で働き始めた。仕事のあとに筋トレと格闘技の練習をこなす日々だったが、命をかける人生と呼ぶには、20代の青年は体力も情熱も持て余していた。そんなタイミングで、彼はある雑誌の特集記事を目にする。
「若者向けのファッション誌をぱらぱらとめくっていたら、ひとつの記事が目に留まったんです。紹介されていたのは、クラブやイベントの警備を担う『株式会社BONDS(ボンズ)グループ』。働くスタッフは格闘家や武道家だと書かれてました。これだ!と。ようやく人生の落とし所を見つけられた気がして、うれしかったですね」。
“落とし所”とは、理容師としての鍛錬と並行して打ち込んできた格闘技のことだ。
「格闘技の練習は本当にしんどくて、プロにならないなら何のためにやってるんだと、続ける意義を見失うこともありました。だけど、それが誰かの役に立つ。しかも、警備という仕事でお金にもなる。その発想が僕には新鮮でした」。
店内には「株式会社BONDSグループ」の横幕が飾られている。「Never will be... Never ever will be... 起こる前に何も起こらない...」が警備理念。
日下さんは、すぐにBONDSの門を叩いた。日中は理容店で、夜間はセキュリティ会社で働く生活が始まった。間もなくして、ダンスクラブの警備や出入りの管理、現場で起きる喧嘩の仲裁にも入るようになる。
「ほぼ寝ない生活でしたが、充実してました。セキュリティの現場では代表の伊勢野寿一さんをはじめ、法律や防犯のスキルや知識を持つ先輩たちもたくさんいて、刺激的でしたね。力を正しく使えば人の役に立ち、ときには助けることもできると身を持って学びました。
世の中には、強いヤツが弱いヤツに手を出す事件が多いじゃないですか。僕はそれを看過したくないという思いが、昔から人より強かったんです。次第に、格闘技と警備のノウハウを掛け合わせて、仕事の外でも活かす道を模索し始めました」。
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