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比較的リーズナブルな価格設定

駅弁大会で「いかめし」が売れる理由はまだある。ブースを眺めていると、常連の方の「いつも買い」だけでなく、「ついで買い」「まとめ買い」が目立つのだ。
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いま駅弁大会の単価は1500~2000円ほど。その中で「いかめし」は、イカの不漁による高騰で何度も値上げを余儀なくされているものの、2025年1月現在も990円で踏みとどまっている。毎年のように各社の駅弁を買い求める人々にとっては「ついでに買っておく定番駅弁」でもあるのだ。

かつ、ミニサイズの小箱が職場への差し入れにちょうどいいこともあり、数箱まとめて買っていく方も多い。待機列に並んでレジに近づいても、さっきまでレジ横にあった山積みの「いかめし」がまとめ買いで消えた、という事態もしばしば。ただし、少し待てば温かい出来立てが出てくる確率が高いで、それはそれでラッキーだ。

各地でよく見る「スルメイカの中にもち米を詰めて炊き上げる」タイプのいかめしは、現在の「いかめし阿部商店」が開発したものだ。なぜ、「いかめし」は森駅の駅弁として誕生し、全国で実演販売を行うようになったのか。その歴史をたどってみよう。
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いかめし阿部商店

いかめし阿部商店 本社工場(写真:筆者撮影)


戦前の食糧統制下で誕生

いまの「いかめし阿部商店」の前身である阿部弁当店が「いかめし」を発売したのは、第2次世界大戦中の1941年のこと。食糧統制で米の入手が困難となる中、目の前の海(内浦湾)でとれるスルメイカに生米を詰めて炊き上げることで、米が少なくても食べたあとの満足感がある一品として開発されたという。

この時代は日本が第2次世界大戦に突き進む中、「贅沢は敵だ」のスローガンとともに、「節米運動」が推進されていた。当時の駅弁は、海苔巻き・にぎり飯など具でボリューム感を出せるものや、米飯の部分にふかし芋を詰めたものなど、米の使用量を抑えようと工夫したものが目立つ。

戦後も長らく、「いかめし」は森駅のホームで販売(立ち売り)されていた。昭和20年代・30年代は函館~札幌間が急行「アカシア」「大雪」などで5時間以上、直通の普通列車で10時間以上もかかり、列車内で長時間を過ごす乗客は、ホームで買う駅弁を必要としていたのだ。

かつ森駅は「いかめし」が名物商品として早くから評判になったこともあり、繁忙期には地元の高校生をアルバイトの売り子として総動員していたという。現在の「いかめし阿部商店」今井麻椰社長も、子供の頃にホームで「いかめし」を販売したことがあるそうだ。

他にも函館本線では、長万部駅「かにめし」、大沼公園駅「大沼だんご」などもホーム上での立ち売り販売が知られていた。

阪神百貨店梅田本店。西日本で最大級の駅弁大会を長らく開催していた実績がある(写真:筆者撮影)

阪神百貨店梅田本店。西日本で最大級の駅弁大会を長らく開催していた実績がある(写真:筆者撮影)


しかし森駅に急行列車が停車しなくなったことで「いかめし」の売り上げは減少。危機を迎える中、当時の阿部商店は早めに「全国の百貨店での実演販売」に活路を見出した。いまや「いかめし」実演販売は、京王百貨店だけでなく松坂屋名古屋店、鶴屋百貨店(熊本県)など、各地で秋から春にかけて毎年のように開催されている。

近年はアメリカ・ニュージャージー、サンノゼなどで開催された北海道物産展でも実演販売の実績があり、各地を飛び回る女性たちは「きょうは九州、来週は東京、北海道に帰ってからアメリカ」など凄まじいスケジュールで動くことも。現在の「いかめし阿部商店」は売り上げの9割以上を各地の実演販売で稼いでいるという。
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