海の男の情熱が無謀な挑戦を実らせた
SAYSFARMディレクター 飯田健児さん●1978年、大阪府生まれ。 2010年よりSAYSFARMに参加し、 以降、ディレクターとして運営に携わる。 自社の農園にはおよそ1万7000本の ブドウの木が植わり、そのブドウを使い、 年間2万5000本ほどを生産。 ワインを通じて北陸の魅力を発信する。 一方、ワイン用のブドウの栽培に関する ノウハウを地元の農家と共有しながら、 産地化を目指す動きもスタートさせた。
ブドウの栽培から瓶詰めまでを自社で行う稀有なワイナリーとしてSAYSFARMは2011年にオープン。国内に数少ない宿泊できるワイナリーとして人気を集める存在となった。
構想は06年に生まれ、「どうせやるなら自分たちで畑から耕そう」との思いから07年に開墾を、08年にブドウの栽培を始めた。旗を振ったのは釣 誠二さん(11年逝去)。漁師一家に育った海の男である。
実のところSAYSFARMの親会社は、江戸時代に創業し150年以上の歴史を持つ魚問屋の「釣屋」。同社を営むのが釣ファミリーで、富山の海と生きてきた一家の末裔がワイナリーを生み出した。
海の男だからブドウやワインを手掛けた経験は皆無。それでも食のリテラシーは高かった。地元の氷見は水産業や食を軸とする観光業が盛んな場所。「釣屋」も誠二さんを中心に外食事業を展開し、さらに「魚」以外の何かを求め、ワインに行き着いた。
きっかけは新潟県にあるレストランなどが併設されたワイナリーを訪れ触発されたとき。地産のワインを故郷の新しいブランドに育てたいという夢を抱いたことにある。
「ワインとの縁は薄い土地柄です。だからどのような味わいのブドウができるのかといったデータすらありませんでした。しかも集った顔ぶれは、漁業はプロだが農業とワイン作りは未経験という素人集団。それでも“やると言ったらやる”。その気質は漁師ならではなのだろうと感じます。
市場での競りを見ていても思います。買うか買わないか、瞬間の判断を大切に生きているのが彼ら海の男たち。ブドウを栽培する畑が決まっていないのに苗を発注していましたから。瞬発力がすごいんです」。
以降、「美味しい魚を仕入れて売る」というきわめてシンプルな仕事を生業としてきたように、ワイン作りも「自分たちでブドウを育て、美味しいワインを作って売る」という本質を大事にして邁進。
土壌は石灰分やミネラルが豊富であったことからブドウの生育は順調に推移し、気候や天候など北陸ならではの特徴はあるものの、「デメリットなのか個性なのかは捉え方次第」だと考えた。
「ブドウの品種もそうです。濃い赤ワインは作りづらい土地柄なのですがアルバリーニョは美味しいものが獲れます。
これはスペイン北西部・ガリシア地方の大西洋沿岸に位置するリアス・バイシャスなど、雨の多い地域で栽培されている品種で、氷見に風土も気候も似ていることから12年に初めて植えてみました。すると非常に味わいのいいワインを作ることができたのです。
それから多く植えるようになり、今はシャルドネの白ワインをフラッグシップとしながら、徐々にアルバリーニョを増やしていく段階にあります」。
ミネラルが豊富で柔らかな口当たりを特徴とするアルバリーニョによるワインは“海のワイン”と呼ばれる。SAYSFARMのそれも、海の男が手掛けるに相応しく、魚介との相性が抜群な味わいなのだという。
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