1位から22位まで順位がつくことのプレッシャーや生みの苦しみ
星野 それにしても、毎年新しいものを生み出していくって大変ですよね。
北村 そうですね。生みの苦しみというのはすごくあります。期待されるプレッシャーも、ずっと感じていますし。
星野 評価はどういうところから聞こえてくるんですか。
北村 ねぶたって22台(※)あるんですが、1位から22位まで全て順位がつくんですよ。なので、自分の制作したものがどの順位なのかが一目瞭然なんです。
※ 2023年は23台の運行が決定
星野 順位というのは、祭りに参加している人が決めるんですか?
北村 審査員の方がいらっしゃるので、毎年審査されて順位が決まります。
星野 そうなんですね。北村さんの順位はどういう感じなんですか。
北村 私はこれまで10年くらい制作しているんですが、1位が2回、2位が5回くらいですかね。
北村さんが制作したねぶたの数々。デビュー作となった2012年の「琢鹿の戦い」(写真右上)は優秀制作者賞、2017年の「紅葉狩」(左)ではねぶた大賞を受賞。2021年「雷公と電母」(右下)では金賞に輝いた
星野 すごいじゃないですか。
北村 ふふふ。でも、1位と2位の差ってすごく大きいと思っているので……。
星野 そりゃあお父さんがライバル視するのもわかる気がする。お母さんは褒めてくれることはありますか?
北村 母もそんなに褒めてくれないですけど、何となく雰囲気で、今年はいいと思ってくれているんだな、というのがわかります。
星野 1位をとったときは、家族でお祝いするんですか?
北村 いや〜、ないです。母は基本的にずっと父の味方なのですが、私が初めて賞をとったとき、父は私よりも順位が下だったので、そのときは全然喜んでくれなかったですね(苦笑)
星野 なるほど、勝負の世界だ。親心っていうのは不思議ですね。娘の作品がだめだと心配になっちゃうし、自分よりもいい作品だと、それはそれで心が穏やかじゃないんだね。北村さんは子どもの頃から負けず嫌いなんですか?
北村 そんなことないんですよ。でも、この世界に飛び込んで、自分が負けず嫌いだと気がつきましたね。
ねぶた師になって負けず嫌いを自覚したという北村さん
星野 負けず嫌いな気がしますよね。1位や2位をとる人って、順位にこだわっていると思うので。最初に参加したときは何位だったんですか?
北村 最初に参加したとき、2位でした。
星野 すごい!そこでもう火がついちゃったんだね。北村さんにとって2位がもう最低基準だから、それ以下だと悔しさが出てきちゃうのかもしれないですね。
北村 そうかもしれないですね。最初に2位をとっちゃったので、ハードルが上がって、それ以下になれなくなってしまった。下から順々に上がっていくんだったら、すごく楽なんですけども。
星野 新しいものを探さなきゃいけないけれども、それが新しすぎちゃうと、評価に繋がらないだろうし。
北村 そのギリギリのラインを攻めるっていうのが大変なんですよね。
星野 これは、ねぶた界のピカソを目指さないといけないですね。
北村 そうですね(笑)
<2回目に続く> 北村麻子
1982年10月生まれ、ねぶた師史上初の女性ねぶた師。父親であり、数々の功績を残すねぶた師の第一人者である六代目ねぶた名人の北村隆に師事。2007年、父親の制作した大型ねぶた「聖人聖徳太子(ねぶた大賞受賞)」に感銘を受け、ねぶた師を志す。2012年、青森市民ねぶた実行委員会から依頼されデビュー。そのデビュー作「琢鹿(たくろく)の戦い」が優秀制作者賞を受賞したことで注目される。