「就職経験」のない研究者たちの起業
盤石な研究基盤と、事業化に向けた体系的な学びを兼ね備えた起業。それでも、組織づくりには数々の壁があったと、浅川は振り返る。
「4人とも研究一筋で民間企業への就職経験はありません。会社づくりは何から始めればいいのか、採用のやり方も経理の流れもすべて手探りでした」。
当初は、バックオフィス業務や営業活動など、研究開発以外の実務はすべて浅川がひとりで担当していた。研究に時間を割けなくなることに「少しの寂しさ」を感じつつも、事業立ち上げの原点に立ち戻れば、やるべきことは明確だったという。
Pale Blue 共同創業者 兼 代表取締役の浅川 純。
「Pale Blueをつくったのは、水エンジン技術を社会に実装し、人類の可能性を拡げていくためです。その実現に向けて、僕以外のメンバーが研究に集中できるような環境を整えることが合理的なやり方だった。目指すゴールを見据えれば、葛藤はなくなりました」。
開発力が事業成長に直結しているPale Blueにとって、開発部品をはじめとした備品のスピーディな仕入れや調達は死活問題だ。創業後、浅川が最初につくった法人カードがAmexのビジネス・カードだった。
「利用限度額が利用実績に応じて柔軟に相談できるところが最大の魅力でした。スタートアップは創業直後の実績がないので、どうしても限度額は低く設定されがちです。でもそれでは開発に必要なものを揃えられず、事業が成り立ちません。そんななか、Amexのビジネス・カードは限度額に一律の上限がなく、創業してすぐにビジネス上での決済シーンで活用できた
*1。まさに、事業成長を支えてもらったと思っています」。
*1:ご利用限度額は、カード利用実績、支払実績によって決まります。仕入れ担当の社員たちにも追加カードを発行し、決済スピードを上げられるようにしただけでなく、浅川自身がいつでも経費をまとめてデジタル上で確認できることも日々の経営で役立つと話す。そうして経費の支払いをビジネス・カードにまとめたことで貯まったポイントの一部を利用して、創業2年目には周年記念Tシャツを作成。メンバーの一体感も高まった。
Pale Blueの2周年記念Tシャツ。
創業から3年で従業員50人を超えたいま、直近の最大の目標は「世界を代表する推進機メーカーになること」だ。
「僕たちがつくる水エンジンが、宇宙に打ち上げられた人工衛星に当たり前のように搭載されている。そんな未来を実現していきたいと思っています。世界中の需要に応えられるように製品開発の技術を高め、新たな市場を創っていくことが僕らのチャレンジです」。
研究の世界から事業化へと飛び出したからこそ、「技術開発及びその社会実装は間違いなく速く進められている」と話す。
「本質的な課題を見つけ、解決するためにアクションを起こす意味で、研究と経営には共通点がたくさんあります。人類が発見していない課題に取り組んでいるのが研究であり、社会実装にチャレンジできる可能性は必ずある。僕らのように、研究実績を生かした事業化をひとつの選択肢として捉え、視野を広げる人が増えていけばいいなと思っています」。
浅川 純(あさかわ・じゅん)●Pale Blue 共同創業者 兼 代表取締役。2014年東京大学工学部卒業。2016年同大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。2019年同博士課程修了。博士(工学)。東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任助教として従事した後、2020年4月にPale Blueを創業し代表取締役に就任。宇宙推進工学を専門とし、世界初の小型深宇宙探査機PROCYONや、水推進機実証衛星AQT-D、超小型深宇宙探査機EQUULEUS等、数々の小型衛星・探査機プロジェクトに従事。東京大学総長賞や日本航空宇宙学会 優秀発表賞、MIT テクノロジーレビュー「Innovators Under 35 Japan 2020」、国際電気推進学会最優秀論文賞等を受賞。Forbes JAPAN Rising Star 2021ファイナリスト。水を推進剤として用いた小型衛星用推進機を社会実装することで、宇宙産業のコアとなるモビリティの創成を目指す。