■自分自身の現在位置を知るために
5月上旬にはインドプレミアリーグの視察に行った。今年はさらにスリランカも視察。インタビューが行われたのは出発の前日だったが、ピラミッドすら形成されていない日本ではなく、クリケットを生業としているプロたちの現実を見ることで、「もしこの場に自分を当てはめたらどんなプレーができるだろうか」ということをリアルに感じ取りに行くのだという。
「それで、遅くとも9月までには海外に武者修行に行く予定です。向こうでは10月ごろからリーグが始まるので、そこで実際にプレーをしたいんです。開幕前には向こうに行って“自分がこれだけのプレーができるんだ”ということを見せなきゃならない。僕に今、圧倒的に足りないのはクリケットの経験値ですよね。前は毎日毎日、何十年も野球をやってきてたから。今の状況だとそれがない。うまくなるためには経験をどんどん積んでいきたいんです。それは環境として日本だと厳しいんで、なるべく早く向こうに行きたいと思っています」。

昨秋、西武ライオンズの退団が決まり、約1年でクリケットの“世界”の入口に足がかかっている。世界は夢ではなく、現実。「いずれは」ではなく「すぐにでも」達成すべき目標なのだ。「すごいっすね」とつぶやくと、木村は苛立ったように答えた。
「だって娯楽じゃないですから。生活かかってますから。今、僕、クリケットは無償でやっているんです。どこからお金が出ます?(笑) 真剣ですよ。悠長なことを言ってるわけにはいきません。まだまだアスリートとしての自分の力を活かせる土壌があるなら、とことん攻めていかないと。待ってても何も始まりません。最初はもの珍しさで色々な人が目を向けてくれますけど、勝負はここからですよ。ひとりではできないから『チーム昇吾』を結成してもらえた。本当にありがたいと思っています」。
国際規格のグラウンドができ、日本代表のユニフォームには胸スポンサーもついた。川内が折衝して獲得した国内外で活動するデザイン会社だ。少しずつ日本のクリケット事情にも変化が訪れている。
「このタイミングで、プロ野球選手だった僕がクリケットをやるということで、たぶんこれまでのどの時期よりも注目されていると思うんです。だからこそ悠長なことはしていられません。年齢も38になりました。でも、きちんと動くようメンテナンスしています。時間もないしどんどん攻めてクリケットを追求していきたい」。
そういう思いじゃないとプロ野球にもクリケットにも失礼だ、と木村は言う。
「プロ野球選手だったというプライドはもちろんあります。でもそれは振りかざすものではないし、すがるものでもない。僕自身はクリケットを今やっている方たちの想いも背負っているつもりです。僕がとにかく頑張って世界で活躍すれば、この競技は今よりもっと知られることになると思うから」。
「それと同時に、プロ野球界のことも背負ってるつもりなんです。だって元プロ野球選手でクリケットに来た人間って僕ひとりなんですよ。野球のことが大好きで、これまで30何年やってきて、プロになった男が、鳴かず飛ばずだったら、きっと間違いなく“あ、プロ野球選手ってそんなもんなんや?”って言われてしまいます。それはあまりに悔しいです」。
クリケットのオファーを聞いたとき、それまでイメージしていたかを尋ねると首を振った。「ただ、面白そうだと思ったんです」という。だがプレーし始めて思った。
「日本のプロ野球って、とんでもない、とてつもない世界じゃないですか。そこでずっとやってきた人間が、そのスキルを活かせる他のことをやってできないわけがない……プロ野球界はそう思ってると思います。“とんでもない身体能力を持つ人間のピラミッドの頂点にいる人間が集まって淘汰されて残った人たち”っていうのが世間の認識でしょ? できて当然と周りは思うじゃないですか」。
そして木村昇吾は、野球とプロ野球への思いを語る。
第3回へ続く。
【Profile】
木村昇吾
1980年4月16日生まれ。大阪府出身。尽誠学園高、愛知学院大を経て、2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。’08年に広島へ移籍。内外野を守れるユーティリティープレーヤーとして活躍。’16年より西武ライオンズ。同年、右十字靭帯断裂。翌年10月に戦力外通告を受ける。現在、クリケット選手。2018年1月より本格始動し、わずか2カ月で日本代表に選出。
武田篤典=取材・文 稲田 平=撮影