「腕時計と男の物語」とは…… 信号で止まるたび、吐く息でヘルメットのシールドが白く曇った。まるで霧の中のようだ。そして走り出すと再び冷気で視界は開けた。
指先は凍え、クラッチレバーを握るのにも難儀する。膝は既に冷たさを超え、固まってしまった。
腕時計53万9000円/チューダー(日本ロレックス / チューダー 03-3216-5671)、ジャケット13万8000円/チンクワンタ 050-5218-3859
年の瀬にこうしてバイクを走らせるのももう20回目になる。目指すのは北の港町、友人の故郷だ。
乗っている人間が既に音を上げているというのに、半世紀以上前のバイクはすこぶる快調。まるで雪の中で駆け回る犬のようだ。真冬にこんな年代物のバイクは珍しいのだろう。給油したガソリンスタンドでも店の主人に話しかけられた。
「懐かしいねぇ、このバイク。若い頃に乗ってたよ。でも大変でしょ、今維持するのは」「いや、慣れてしまえば単純だから。パーツもネットで探せるし」。
そうなんだよなぁ。乗り始めてもう20年か。それは友人の愛車を譲り受けたものだ。
当時、僕らはバンド仲間で彼はベーシストだった。ザ・ストラングラーズのジャン=ジャック・バーネルに憧れ、重く叩きつけるようなプレイとともに、バイクを乗り回していた。さすがにJJのように英国車トライアンフとはいかなかったけれど。
それでもイギリスにこだわり、もうひとつのトレードマークだった黒のレザーライダーズは、バイトで貯めたお金をはたいて買った英国ブランドが自慢だった。そんな彼のバイクに僕が今またがっている。
どんよりとした灰色の冬の空からは、小雪がちらつき始めた。まだ距離がある。急がなくては。気分はベースの重低音に急かされる。
マヒした時間感覚を取り戻そうと目をやった先には
チューダー「ブラックベイ セラミック」があった。
黒いダイヤルに白いスノーフレーク針とインデックス。瞬時に時刻が読み取れるのが頼もしい。セラミックスのケースは寒風にさらされるのをものともせず、タフネスの内には精緻なムーブメントを秘める。
それは反骨精神を抱き続けた友人にどこか似ていた。この時計を選んだのも黒のレザーライダーズとイメージが重なったからだ。
到着した目的地の港を見下ろす高台には友人の眠る墓があった。
今から20年前の今日、実家への帰途、交通事故に巻き込まれた。残った愛車はレストアし、こうして毎年彼の元に走らせるのだった。やがて港から汽笛が聞こえてきた。僕は一輪のバラを静かに手向けた。
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