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こうして着々と開店準備を進めた落合さんだが、妻は「なぜ本屋なの?」と最初から反対していた。本はインターネットで購入する人が増加。書店調査会社・アルメディアによると、2020年5月現在、全国の書店数は減少を続け、実店舗に限ると1万店を割り込んでいる。そのような仕事をなぜわざわざ選ぶのか、いぶかしがるのも無理はない。
退職以来、髪の色も自由に楽しんでいる。一度、赤に染めて保育園のお迎えに行ったときは、息子の友達から「どうして赤なの?」と聞かれ、12月だったのでとっさに「クリスマスだからだよ」と答えたというエピソードもある(撮影:尾形文繁)
妻はフルタイムで働く看護師だが、子どもはまだ小さい。経済的に安定するためにも、子どもとの時間を考えても、落合さんには定年後、収入は減っても会社に残ってほしいと思っていた。

しかし落合さんは妻に話しても反対されると予想し、開店準備を進めて外堀を埋めようとした。

「夫の人生なので、やりたいことはやらせてあげたい」。妻はそう思いつつも、夫婦での話し合いが不十分なまま事が進んでいるようで納得がいかなかった。そのためよくケンカをしたが、結局、落合さんは押し切ってしまう。

2017年3月に退職。約1カ月後には開店の日を迎えた。初日に並べられた本は約300冊。予定の3分の1ほどしかそろわなかったが、見切り発車でもスタートを切りたかった。初日は24冊が売れた。妻もレジ作業を手伝ってくれたが、納得してもらうにはまだ時間が必要だった。

「場」があってこそ

店に置く本は買い取りで仕入れている。返品ができないため、選書には力が入る。選書の基準はテーマや著者などだが、リアルな本を売るだけに装丁も大事にしているという。
ジャンルやテーマごとに陳列されている店内。落合さんが1冊1冊、吟味して選書した本が並ぶ。今年8月の棚卸し時に数えると約5400冊あった(撮影:尾形文繁)
選ぶのはベストセラーではなく、しばらく在庫として抱えても価値が薄れない“賞味期限の長い”本。選書は新聞の書評やSNSの情報を参考にしているが、何よりの市場調査は自分でカウンターに立ち、お客さんがどのような本を買っていくかを見届けることに尽きる。

客層はさまざまで、時に3~4冊のまとめ買いで「この組み合わせ?」と驚かされることもある。一期一会の発見が実に面白く、お客さんと話をするのが楽しい。取材のために誰とでも話ができる新聞記者のスキルが、意外なところで生きた形だ。

しかし現実は厳しい。1000円の本が売れたとして手元に残るのは200円~300円。本だけ売っても立ち行かなくなるのは明らかで、落合さんの店ではコーヒーの提供、文具や雑貨の販売、イベントスペースの貸し出し、また新聞記者の経験を生かしたライティングの個人レッスンをしている。

イベントは本の刊行トークイベントや演奏会、短歌教室など多種多様で、コロナ禍以前の2020年2月までは、年間100回以上のイベントを開催していた。ひとたび、イベントを開くと予期せぬ人との出会いがあり、何気ない雑談が次のアイデアにつながる。「場」があってこそ始まるもの、生み出されるものは確かにある。


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